第16話 タイムリミット
「残念ながら、ここには心臓はないの」
藤壷様は牙をむき出し笑いながら羽を使って後ろに跳び退った。
怖っ! じゃあどこにあるんです? もしや一つだけじゃなくていっぱいあるとか、人体に似てますけど中身はどうなっているんですか?
「くそっ」
主任は、抜き刺した刀を構えたまま空中の藤壷様と対峙していた。
「……でもまあ、人間の中にも面白いのがいるわね。今日は、そこそこ楽しませてもらったわ。お礼に……我がもとに来たれ。野槌!!」
そう言い放った藤壷様の手にハンマーらしきものが現れた。
「……地の底に落ちなさい」
それって全然お礼になりませんケド!?
藤壷様の持つハンマーが洞窟の地面に打たれそこから放射線状に地面が割れていった。
「なっ……」
何て傍迷惑な! 岩盤工事に使えそうなワザですよね。
「生きていたら、また、会いましょう」
藤壷様は嬉しそうに言うと優雅に羽ばたいて空中を飛んで消えていった。
私たちの足元は地割れからくる揺れで立っているのがやっとだった。突如、主任の足元が大きく崩れた。
「主任!」
私が伸ばした手は、わずかに届かなかった。
「……!」
主任は私の声に振り返り手を伸ばしたまま落ちていく。躊躇することなく私はその手に向かって足元を蹴っていた。何とかお互いの指先が届いた。
「バカが! 自分から落ちてくんな!」
「……一緒が、いい、です」
落ちていく風圧で満足に話せないが、口元の動きで主任は読み取ったようだった。
「……」
お互いを見つめたまま落ちていく。主任はほんの一瞬だが目を閉じた。
それはほんの一瞬だった。
次に覚悟を決めたように、空中で私は繋がれた手を引き寄せられ私はそのまま抱きかかえられた。そのとき、微かに額に何かが触れたように感じた。
「うおおぉぉ」
崩れず残っている壁に主任は剣を突き立てた。ガリガリと剣は壁面を削りながら、落下速度も落ちていく。壁面の途中に少し出っ張りがありそこに引っかかるように落下は止まった。
「……」
「……動くなよ。崩れる」
主任に抱きかかえられたまま、荒い息の合間に耳元に呟かれた。
いつ崩れるか分からない脆い岩盤の上だったが、怖くは無かった。まだ息の上がっているその胸に私は顔を埋めた。
少しでも側に寄らないと落ちてしまうから……。上下する胸が落ち着きを取り戻した頃、私は問いかけた。
「……主任、落ちるとき、何を考えていました?」
私は主任がこちらに伸ばす手が遅れたのを感じとっていた。
そしてあの鬼神と呼ばれている主任が言い惑うのを初めてみ見た。主任の口唇が何かを形取るまえに、上方から私たちを探す声が聞こえた。
「……ここだ! 何かロープでも下ろしてくれ!」
主任が上に向かって声を張り上げた。私の問いを誤魔化すかのように……。スケさんがこちらに気づき、ほっとした声がかえってきた。
「その前に壁面を強化・固定しますね」
すぐにロープがするすると降りてきた。
「つかまっていたら自動で昇ってくれる」
誤魔化されたのもあるけれどいつまでもここにいるわけにもいかず、私はロープを握り締めた。そして、上がった先で見たのは半壊した洞窟だった。
そして、主任の腕時計は日本時間では土曜日の午後四時を指していた。
「……間に合ったか」
隣国におけるゴブリンの侵攻はひと段落したので私は地球に送り帰してもらえることになった。
私の勇者としての召喚はこれで終わったようだった。
そうして主任の領主館まで超特急で戻って来ていた。
「詳しい報告は後日に……」
「はい。私たちでできることはしておきます」
「残念ですわ。いろいろご用意しましたのに」
セブンさんの奥様が見送りに来てくれていてその華麗な衣装を見せてくれた。
――だからそれはコスプレって。
「でも、またマイリ様といらっしゃるでしょう? ご用意しときますね」
うふふと嬉しそうにアンナさんは笑っていた。
「ええ、まあ……」
私は曖昧に返すしかなかった。隣でいたセブンさんはこっそりと耳打ちしてきた。
「ああ、今度来るときは何んか雑誌をもってきてくれよ」
「……エロ系と変なのはお断りですよ」
ダイくんがそのつぶらな瞳を赤くして近寄ってきた。
「ギン様がお好きだとお聞きしましたので……」
その手にネギが握りしめられていた。そして万能ネギを渡された。
いや、あれは、びっくりして凝視していただけで好きでは。ええ、でも使い勝手いいですよ。ネギは……。それも万能ネギですし。でもせめて、薔薇とは言いませんが、せめてスイートピーでもいいんですが、いえ、かすみ草でも……。
私は心の中で言い訳をしていた。
セブンさんがまた大笑いしてます。ちょっと笑いすぎです!
主任は私に背中向けてますけど肩が震えてますよ。
ひょっとして、主任がダイくんにそんなことを教えたのではないですか?
「じゃあ。帰るか」
主任に促されて私はその手を握った。
そういやあっちの世界で男の人の手を握るなんてことあったけ?
そう考えながら私は魔法陣の上に立った。
スケさんが魔法陣展開の呪文を唱えだした。カクさんが手を振ってくれている。皆の輪郭がぼやけたのはきっと移動のせい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます