四天王フローデア・メクス(6)

 驚いたのはボズマの撃墜にだけではない。レギ・ソウルの抵抗にもだった。


(戦場でさえ死神の如く怖れられた私とエイクのコンビネーションをここまでしのぐか。ただの選手と思ったら大間違いとはな)

 ユーシカはコマンダーのスカウティングの正しさを知った。

(そうでなければテンパリングスター始め、あの巧みな四天王メンバーが下りはしないということか。迂闊だったな)


 そんな思いを抱いていたところにボズマの撃墜ノック判定ダウンの報である。認めざるを得ない、二人の少年は危険な敵だと。


「エイク、あなたならグレイ君を抑えておけるな? サラとベスはこっちにまわす」

 提案する。

「君だけでヴァン・ブレイズと対する気か? 落とせなくはないと思うが絶対ではないだろう?」

「いい。私でなければ対処できないだろう。そういう相手だ」

「そこまで言わせるか。ああ、確かに一対一で君に勝てる敵なんてこれまで一度たりともいなかった」


 他の四天王チームも彼らフローデア・メクスに勝利するアプローチとしては、二機もしくは三機を用いて彼女に仕事をさせないことだった。一機くらいは落ちてもかまわないという計算で。


「サラたちでレギ・ソウルを撹乱するのは無理か」

 エイクリンは不安げである。

「見殺しにするようなものだ。あなたにもわかっているのだろう?」

「ああ」

「感じていたはずだ。この少年、戦場を知っている。昔の感覚、強敵と対したときに引き戻されたみたいじゃなかったか?」

 共感していると思いたい。

「わかってる。だからこそだ。ミュウ君も彼と遜色ない実力を持っているとされている。そんな敵に君一人をあてがえば」

「昔に戻ってしまうって? そんなことはないさ。私もメルケーシンに来て本当の幸せを知った。簡単に捨てられるものじゃない」

「君が昔を思いだして胸を痛めるのを避けたいだけなんだ」


 恋人の優しさに幸せを感じる。もう、以前の祖国防衛に凝り固まっていた自分に戻ることはないはずだ。死を意識しなくなるほど希薄になった兵士ユーシカになど戻れはしない。


「コマンダー、サラとベスを戻してくれ。私が紅の破壊者と戦おう」

 決めてしまう。

「指示したところだ。それ以外方法がない」

「姉さま、本当にいいんですか?」

「サラだけでも残ります」


 姉御肌のユーシカに二人は懐いている。それだけに不安を抱えているようだ。二人は彼女を援護するのが仕事だと自認している。


「エイクを助けてやってくれ。そうしたら私は後ろに気兼ねなく戦える」

 優しく言う。

「そうまでおっしゃるなら」

「従います」

「気を付けてください。あいつ、とんでもなく荒々しくてヤバいです」


 相当肝を冷やしたらしい。かなり追いまわされていたのは耳に入っていた。二人のコンビネーションがなければどちらか、最悪二機とも落ちていたかもしれない。


(早めの決断が必要だった。エイクの心を痛めたくはないのだがね)


 間違ってはいないと思う。事実、彼女が立ちふさがった先にいた真紅のアームドスキンはただならぬ気配を漂わせている。


「やあ、こういうことになったよ」

 ユーシカは双剣を構えてオープン回線で告げる。

「やっとかよ。待ちくたびれたぜ」

「もしかしてサラたちは見逃してくれたのかな?」

「手加減するぜ。あんなん勝負じゃねえからよ」

 チームの判断を待っていたらしい。

「義理堅いね。好感が持てる。決勝にふさわしい勝負ができそうだ」

「そいつはお前次第だ。どこまで見せてくれる、女帝?」

「シーズンの終わりを飾れる見ごたえのある試合を」


 ヴァン・ブレイズの拳にナックルガードが落ちる。表面を水色の薄膜が覆った。ブレードと同じ性質の力場が彼の拳を刃と同等にする。


(やはりグレイ君と同じか。私の判断は当たっていた)


 戦場の匂いが鼻腔をくすぐる。そこで戦ったことがある者以外に感じ取れようもないもの。例えろと言われても困る。その匂いに取り憑かれた者は死ぬまで逃れることができない。


(屠った敵の怨念は今も私の足を引っ張りつづけているのだろうな。あそこから逃げて幸せに浸ってるなど許せるものではないだろう)


 自覚はない。ただ、意識してしまうというのは、引っ張られているのは心のほうかもしれない。抜けでたつもりで、実はまだ心の半分を戦場に置き去りにしてきたような気さえしてくる。


(匂いを思いだしただけでこれだ。私も逃れられない者の一人なのかもしれないな)


 いつか戻ってしまうかもしれない。エイクを苦しめてでも戦場へと。そこでしか生を実感できない人間だからこそ、クロスファイトという代償行為に浸って抜けだせないでいるのだったら将来は決まっている。


(何度も求婚されたのに、形式にしたくなかったのはそのためか)

 大切な者さえ置き去りにする愚かしい自分を知っているから。


「ぼやっとしてっと即行でぶっ倒してやんぜ?」

「残念ながらそう簡単ではないぞ、私は。君が本物の戦士ならばすぐに知ることになろう」

「面白えこと抜かしやがる。最高だ。どっちが強えのか大勢に確認してもらおうじゃねえか」


 向かってくる赤い閃光にユーシカは左のブレードを一閃した。

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