第146話 注射②

「芙美子、やめてくれ!」

 俺は宙に向かって叫んだ。

「その人は、芙美子のお義母さんなんだ!」

 どっちに向かって言えばいいのか、分からなかった。ベッドの芙美子なのか、それとも憑依された看護師二人組に対してなのか。

 俺が制止を求めて、事が済んだ場合も何度かあった。だが、今回はピクリとも反応がない。

「この女が、私のお義母さん? とんでもないわ」

 芙美子の声が聞こえた気がした。

 芙美子と義母の間にどれほどの確執があったのかは分からない。

だがおそらく、芙美子は、市村小枝子が自分の父親と結婚した目的を知っていたのだ。

 だから、芙美子の行動は揺るがない。俺に対する叱責の報いと、芙美子自身に長く根付いた感情が入り混じっている。

 俺は市村小枝子を押さえている看護師たちに向かおうとしたが、体が全く動かない。金縛りに遭ったように動かないのだ。

 まるで、今から私のすることを見ていろ、と芙美子に言われているようだ。

 急に襲った寒さで、体がブルブル震えだし止まらない。

 俺はベッドで寝ている芙美子を振り返った。

 ・・芙美子が立っている。

 そう見えたのは一瞬だけだった。やはり芙美子は横になったままだ。

 だが、一瞬だったが俺は見た・・芙美子が操り人形でも動かすように、両手を広げ、くいくいと看護師たちを動かしているのを見た。


「ひいっ!」市村小枝子が切れるような声を上げた。

 もはや言葉を発せられる状況ではなかった。

 市村小枝子の頭をがっちりと押さえているもの・・

 それは、もはや若い看護師の指ではなかった。芙美子の細長い指だ。

 10本の刃先のような長い指が、市村小枝子の頭蓋骨を固定している。

 両方の親指が彼女の頭の後ろを支え、人差し指は、おでこを押さえ、中指は鼻腔に到達し、薬指は、頬の肉を貫いて、口の中にまで入り込んでいる。残る小指は、喉に鋭く食い込んでいる。

「ああっ・・あがっ、あがはあっ」

市村小枝子は苦しそうな声を上げた。口に入り込んでいる指のせいで口が開閉できないのだ。

 よく見ると、親指は、頭の後ろに入り込んでいたのではなかった。耳の穴にずぶりと入り込んでいる。鼓膜も破れているのではないかと思われるほど深く入っているようだ。

「あはああっ」市村小枝子が叫んだ。

 同時に、目が反転したように白目になった。

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