第144話 発覚②

 そろそろ、出なければ・・

 あまり長居すると、余計なことをしゃべってしまいそうだ。生きている芙美子、そして、その手を見ることが出来ただけでも充分だ。

「佐伯さん、もういいかしら?」市村小枝子が退室を促した。

「ええ」と俺は応えた。

 すると、

「中谷さん・・お見舞いなら、また来ていいのよ。芙美子さんもきっと喜ぶわ」

「そうですね」と俺は返事をした。

 しまった!

 頷いてから気づいた。

「中谷さん」という彼女の呼びかけに、うっかり返事をしてしまった。


 言葉が上手く出ない俺を見て、市村小枝子は、クスクスと笑い出した。

「中谷さん、私が何も知らないと、お思いですの?」

 看護師がいるにも関わらず、市村小枝子は得意げにしゃべり出した。

 だが、何も変なことは言っていないはずだ。

「芙美子さんが、親しくされていた・・いえ、お付き合いされていたのは、中谷さんだったのねえ」

 市村小枝子は俺を追い詰めるのが楽しくて仕方ない、という風に言った。

「最初は、ややこしい人が来たのね、と思って、ほんとに戸惑ったわ。だから、少し調べさせてもらったのよ。すぐにわかったわ」

 更に彼女は続けた。

「そして、芙美子さんと洞窟にいたのも、たぶん中谷さんよねえ。もちろん、証拠はないから、これはあくまでも私の推測よ」


 市村小枝子が、そう言うからには、俺が芙美子を洞窟に置き去りにしてきたことを知っているかもしれない。

 まさか、俺を脅迫しているのか?


 そう思ったが、市村小枝子の言葉を聞いているとどうも違うようだった。

「困るのよ、中谷さんのような人が現れては」

 俺の存在が迷惑? 一体どうしてだ。

「中谷さん、あなたのような人は、芙美子さんの前から消えて欲しいのよ」

 どうしてだ? 何度も思う。

 市村小枝子は、俺が芙美子を洞窟に置き去りにしたことを訴えるのではないのか?

 だが、彼女は俺にいてもらっては困る、消えて欲しい、そう言っている。

 

 はたと思い当たることがあった。

 それは古田の言っていた言葉だ。

「市村小枝子は、財産目当てに、亡き夫に取り入ったという話ですよ」

 古田の言っていたことが本当なら、

 市村小枝子にとって、義理の娘である芙美子の存在は邪魔だろう。

 夫は亡くなっているが、その資産名義の大半は芙美子になっているのではないだろうか。もちろん芙美子は昏睡状態だ。判断能力など持たない。そうすると、代理人預かりとなっているのではないだろうか。その資産までも市村小枝子が欲している場合には、芙美子が目覚めてもらっては困る。できれば、このまま命の火が消えるのを望んでいるのではないだろうか。

 更に、ありえないことだが、目覚めた芙美子と俺が結婚などすれば、狙っている資産を持っていかれることになる。

 洞窟に置き去りにした俺が、芙美子の様子を見て改心することもありえるし、豪華な家を見て欲に目が眩むこともある。

 市村小枝子はそう思ったのではないだろうか。彼女にとって、芙美子も俺の存在も迷惑極まりない、ということだ。


 改めて、俺自身が置かれた状況が分かった。

 市村小枝子にとって、芙美子が昏睡状態になったことは、願ったり叶ったりだったが、そこへ、俺が来た。俺が芙美子を目覚めさせる可能性もあると思ったのに違いない。


「市村さん、あなたは、市村邸の全財産を我が物にしようとしているんですね。それには、義理の娘、つまり、亡き夫の娘がいては困る」

 どうして、そんな言葉が口をついて出たのだろう。信じられなかった。

 推測だけで確証も何もない。誰かが、そう言わせているような気がする。


「ちょっと、人聞きの悪いことを言うのねえ」

 そう抗議して、市村小枝子はこう脅かした。

「何なら、あなたが芙美子さんを洞窟に突き落とした、とでも言いましょうか? 話なら何とでも作れるわよ」

 それは本当だが、今、この女に訴えられたくはない。


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