第140話 病院へ②

 俺は古田に、「教えてくれてありがとう。今度、礼をする」と言って、電話を切ろうとすると、古田は、

「中谷さん、お気をつけになった方がいいですよ」と忠告めいた言い方をして向こうから電話をぷつりと切った。


「見えてきたわね」

 ハンドルを握っている市村小枝子が言った。

 病院は六甲山系の山の麓にある。大きな看板がそびえるように立っているので、近づくとすぐに分かる。道に迷うことはない。

 車は坂を上りだした。かなりの急勾配だ。

「あら、車の調子がちょっとおかしいわ」

 市村小枝子は、アクセルとブレーキを繰り返しながら小さく言った。

「どう調子が悪いんですか?」俺が訊ねると、

「なんかこう、運転操作が引っ張られるような・・」と言った。そうは言っても高級車のことだ。すぐに「気のせいだったみたい」と言って問題なく走行を続け、何事もなく病院の駐車場に着いた。


「佐伯さん、着いたわよ」

 駐車場の中も勾配がある。この辺りは坂ばかりだから仕方のないことだろう。病院の玄関に行くとさすがに平地となった。

「大きな病院ですね」

 俺は病院を見上げながら言った。予め知ってはいたが、近くで見ると、更にその大きさを実感する。

「これは、別棟の旧館なのよ」と市村小枝子が説明した。

 駐車場から見える古い建物は、本館から少し離れた別棟で、重度の患者専用の病棟らしい。

「地元でしたら、ご存知でしょけど、この病院は五十年以上も歴史があるそうよ。この別館は改修を重ねて現在の姿を保ってはいるけれど、さすがに古さは隠せないわね」


 病院の説明をすると、市村小枝子は旧館の上部に目をやり、

「佐伯さん。分かるかしら? 三階の一番北側の白いカーテンが見えるでしょう」

 市村小枝子は俺の偽名で言った。

「ええ、見えます」

 言われた通りに目をやると、白いカーテンが少し空いているのが見えた。

「あの部屋が芙美子さんの病室ですわ。個室なんですよ」彼女はそう説明した。


 入館は本館の玄関からだ。本館の方は綺麗なものだった。あまりに綺麗なのでごくありきたりの大病院のように思えた。

 受付を済ませ旧館への渡り廊下へと移動した。

 旧館に入ると、急にひんやりとした空気が身を包んだ。

 それにしても暗い廊下だ。どうしてこんなにも明るさが本館と違うのか、その理由はすぐに分かった。照明器具の古さと、壁の色だ。そのせいで暗く感じるのだ。

 

 三階へはエレベーターを使う。荷物運搬用に見えたがそうではない。塗装のいたる所が、錆でが捲れあがっている。

 エレベーターの電灯も交換をしていないのか、チカチカと点滅を繰り返している。

 三階に着くと、更に暗くなった。まるで廃病院のような趣だが、そうではない。

 市村小枝子は入院患者用の受け付けに、挨拶を済ませ、

「佐伯さん、行きましょう」と言った。

 途中、何人か女性看護師とすれ違った。

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