第139話 病院へ①

◆病院へ


 昼過ぎ、会社の前のいつも喫茶店で時間を潰していると、通りに高級外車が停められたのが見えた。市村小枝子だ。

 わざわざ車で出迎えてくれるほどの距離でもないが、彼女がそうしたいと言うので、言葉に甘えることにした。

 今日は芙美子が入院してる病院に行く。見舞いの品を用意してあるが、それがどれだけの意味を持つのか分からない。

 胸が高まっているのが分かる。これまで色々なことがあったが、その原因の中心と思われる芙美子に会いにいくのだ。心臓が大きく打つのは当然だろう。


 今日の彼女は、白を基調とした洋装だ。上品な白いスカートが艶やかに映る。

「時間を取らせてしまって、すみません」後部席で俺が言った。

「別にかまわないわ。時間はあるもの」

 そんなやり取りをしながら俺は思っていた。この車に芙美子も乗ったことがあるのだろうか、と。

 大学時代の芙美子の様子と、この高級車のイメージがそぐわない。

 どうして、芙美子は自分の家の事を語らなかったのだろう。俺に気を遣ってのことなのか?

 もし話してくれていたら、俺の心は、今の妻には向かわず・・

 そこまで考えて俺は頭を振った。それは不純な動機だ。芙美子にも妻にも失礼極まりない。


 いずれにせよ、俺は芙美子の実家にも、この市村小枝子という女にも不信感が拭えなかった。

 それ故、事前に古田にあることを訊いてある。

「芙美子の母親は義理の母親という話は聞いていたが、あんなデカい家に住んでいるとは思わなかったぞ。古田さんは知っていたんじゃないのか?」

 電話の向こうで古田はこう言った。

「おや、お金持ちだということは、中谷さんは既にご存知かと思ってましたよ」

「いや、全く知らなかった」

「中谷さんは、おつき合いされていたとお聞きしていたので、わざわざ言うまでもない、と思ったものですから」

 そう言われてみれば、確かにそうだが、何か腑に落ちない。

 俺が芙美子に抱くイメージがすげ替えられていたような感覚だ。

「あの市村小枝子という女性は、かなりしたたかな女のようですな」

「したたかとは?」

「な~に、よくある話ですよ。財産目当てに、亡き夫である市村に取り入ったということですよ。あくまでも私の推測ですがね」

「なんだ、古田さんの推測か」と俺が言うと、

「ご不満なら、事実だけをお伝えしますよ。これはサービスでお教えしますが」と、くどい前置きをして、

「市村女史は、娘さんが入院されている病院にもそれほど見舞に行っていないようですよ」と言った。

「見舞いに行っていない?」

「ええ、来るのは、たいてい家政婦さんらしいですよ」

 それで頷ける。

 俺が市村邸で彼女に、「娘さんの意識が早く戻るといいですね」と言った際、

「え、何か言われました?」という感じの返事だった。ピンと来ていないようだった。

「ああ、芙美子さんのことね」

 そう言って市村小枝子はようやく話が理解できたという風に笑っていた。


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