第118話 深沢邸②

 深沢氏は少し笑って、

「会社の方は、在籍できるように取り計らっておくよ」と言って「君は何も悪くない」と続けた。

 その後、「問題は家の方だが・・」と切り出した。

 家は、前金で深沢氏が払った分を、今度は深沢氏に弁済していくという方法がとられることになった。名義も俺に移す、と確約した。

「もちろん、幸一くんが、あの家を出たい、と言うのなら、話は別だかね」と言ったが、俺は有り難くあの家に住みます、と答えた。

 ただでさえ、煩雑な事務に追われるのだから、家は同じ方がいい。

「物事が片付き次第、美智子は、この家に置いておくことにするよ」と深沢氏は静かに言った。そして、「当然、裕美もだ」と付け足した。

 そんな話を聞きながら、俺たち家族の話が遠い世界の出来事に思えた。

 最近まで、俺と妻の間には何事もなかった。

 そう・・芙美子の生霊の怪異現象があるまでは、何も無かったのだ。普通のどこにでもいる夫婦だった。問題があるとすれば、連れ子の裕美が俺を父親として認めなかったことだけだった。

 それが、どうだ。

 関係が逆転してしまっている。妻の不貞があり、その代わりのように、裕美が俺を父親として見てくれている。

 それは、同時に俺の感情の逆転でもある。妻に対する憤りと同時に、裕美と離れたくない。そんな感情が生まれている。


 それを裏付けるかのように深沢氏はこう言った。

「だがな・・孫の裕美の様子がおかしい」

「おかしい、と言いますと?」

「お母さんより、お父さんと一緒にいたい・・そう言っている」

 深沢氏は続けて、「このことは、裕美にそれとなく聞いてみたのだよ。『仮にそんなことになれば、裕美はどうする?』と聞いてみた。てっきり、返事は『お母さん』と返ってくるものだと思っていた。ところが予想が外れた」

 裕美が俺と一緒に? 

 確かにおかしいと言えばおかしいが、深沢氏は、今「様子がおかしい」と言っていた。


「ついこの前まで、裕美はこう言っていたのだよ」

「どう言っていたんですか?」俺が訊くと、深沢氏は、

「あんな男、父親と思っていない・・」と強く言った。まるで、「お前のことを息子とは思っていない」という口調で言った。

 そして、深沢氏は、「どう考えてもおかしいだろ?」と同意を求めた上で、

「中谷くん。どんな手を使って、娘の心を変えさせた?」と強く訊いた。

 どんな手とは、ひどい言い方だな。

 無論、俺に全ての責任がある、それは分かっている。

 裕美の中に芙美子の一部が流れ込んでしまっているからだ。それから裕美は変わった。

 俺がそう仕向けたわけではない。

 そして、こう思った。

 裕美の中の芙美子が抜けてしまえば、裕美は以前の裕美に戻る。

 ・・あんな男は父親ではない。

 そう言っていた裕美に戻る。

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