第116話 泥②
裕美は、「でも、怖かったよ」と言って、
三人の様子を思い返すように「小さい人は、そうでもなかったけど、大きい人は睨みつけてくるし、メガネの人は冷たい感じがして・・」と続けた。
そして、
「あんな人たち、いなくなればいいのに、ってずっと祈っていたの」と、裕美は言った。
確かにいなくなりはしたが、「また来る」と言い残している。
思い返すと、彼らは俺自身に危害を加えることはなかった。もし、彼らの内の一人でも俺に手を加えようとしていたら、また事情は変わっていただろう。
裕美と二人、リビングに腰掛けると、
「お母さん、裕美を置いて実家に帰るなんて、ひどいな・・」
言葉を続けようとしたが、妻と裕美は血の繋がった母娘だ。その母を非難すると、 裕美も気分を悪くするだろう。そう思い、言葉を閉じた。
携帯の着信音が鳴った。妻からだった。
「あなた。今、どこにいるの?」
「お前こそ、どこにいるんだ? 裕美が一人で大変だったんだぞ!」
「えっ?」と、妻の驚きの声。
「金貸しが家に来たんだ。美智子、お前、金を借りていたのか? 俺の実印を勝手に持ち出していたんだろ!」
「ええっ、家に来たっていうの? あれほど、家には来ないで、って念を押したのに」
そう驚きの声を上げた後、しばらく沈黙があった。こっちの身に何が起きたのか、想像しているところだろう。
ようやく、「それで、裕美には何もなかったのね?」と訊ねた。
当たり前だ。もし裕美に何かあったら、許さない!
更に、妻に怒号を浴びせようとして、はたと止まった。
電話はまずい・・
俺がいない所では、芙美子の力による事態は起きない、そう思っていたが、電話回線や、ネットを通じて様々な現象が起こりえる。教師の黒川がそうだった。俺が不快な声を上げた時、黒川は、さっきのカシヤマのように異様な咳き込みをした。命には別条がなかったが、妻にもしものことがあったら・・
不倫され、知らない所で借金をされても、これまで苦楽をと共にしてきた女だ。
憤っても、命まで奪ってはいけない。
俺は、「今、実家にいるんだろ?」と訊いて「とにかく、家に帰って来い」と言った。
妻は小さく「ええ」と言った。その後、小さく「ごめんなさい」と消え入るような声が届いた。
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