第114話 頭②

「シゲタ。てめえ、いっつも足手まといなことを言う奴だな。この前の交渉の時にも、頭が痛いとか言ってただろ! 今度、くどくど言いやがったら、外すぞ!」

 すると小男は、玄関にいる裕美の方に目をやって、

「違うんすよ。さっきのあの娘の目・・あれ、子供の目じゃないっすよ!」

「てめえ、変な事ばかり抜かしやがると」

 屈強男は子分に殴り掛からんばかりの勢いで言った。

「だから、違うんすよ。あの娘の顔を見ていたら、何かこう・・頭の中に何かが入ってきたような感じというか」

 芙美子の仕業か・・

「下痢じゃねえのか! 頭と尻じゃ全然違うぞ!」

「それに、さっきから、寒いっすよ。寒いと腹の方も・・」

「やっぱり、腹下しかよ!」

「まあまあ、お二人とも」と、落ち着くように弁護士男が言って、

「カシヤマさん。今日の所は引き上げませんか?」と呼びかけ、「当の奥さんも不在のようですし」と言った。

「それに・・」弁護士男は家の周囲を眺め、「ここは閑静な住宅街ですから」と戒めた。

 大きな声に、隣の家の主婦がドアを半分開け、顔を出している。気がつくと、他の家も窓からこっちの様子を伺っている。


 カシヤマは周囲を見渡して、「まったく、お上品な町はこれだからやりにくい」とぼやき、

 シゲタという小男に向かって、

「てめえも、腹の調子くらい、整えとけ・・うむっ!」と言いかけたが、

 その言葉は途中で切れた。

「んむおおおおっ!」

近所迷惑な雄叫びを上げたのは、小男ではなく親分のカシヤマだ。

「カシヤマさん?」今度は、弁護士男のゴトウと小男のシゲタが怪訝な顔でカシヤマを見た。

 カシヤマは、両手で頭を抱え込んだ。

「あ、頭が、痛ええっ、割れるようだあっ」

 カシヤマは拳で頭を叩き始めた。見ると鼻血がつーっと垂れている。

「どうされたんですか?」ゴトウが呼びかける。

「ゴトウ先生。た、助けてくれっ!」

 その様子を見ている小男のシゲタが薄らと笑みを浮かべている。偉そうに言う親分の苦しむ姿が面白いかのようだ。

 言われたゴトウは「そう言われましても」と困惑顔になり、

「シゲタさん、カシヤマさんは急病のようですから、とりあえず車を回してください」とシゲタに指示をした。


「救急車を呼ばなくていいんすか?」

 シゲタがそう言うと、「あとが面倒でしょう。それに、ただの頭痛だと思いますよ。頭痛で救急車を呼ぶなんて聞いたことがありますか?」と応えた。

シゲタは、ゴトウに命じられるまま、車を停めてある場所に向かった。

 その間もカシヤマは苦悶の表情を浮かべ「痛ええっ」と繰り返し、頭を抱え込んでいる。

 ゴトウは、「以前もそのような症状はあったのですか?」と訊ねたが、カシヤマは首を振って、「こんなのは初めてだ」と応え、「まるで、金づちで頭を殴られているみたいだ」と訴えた。

「そうですか。脳溢血かもしれませんね」ゴトウが淡々と言った。だが救急車を呼ぶ様子はない。

 ゴトウはあまり気にしていないのか、その顔には薄ら笑いさえ浮かんでいる。

 そして、小さく「情けない」と言ったのが聞こえた。

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