死の匂い

 小鳥遊さんは匂いで死ぬ人が分かるという。気になったので話を伺った。


「良いものじゃないですよ、むしろそんなこと分からない方が良いんですよ」


 そう言って小鳥遊さんは体験を語る。


 はじめに気がついたのは祖父が入院していたときでしたね。家族そろってお見舞いに行ったんですが、病室に入ると甘い匂いがしたんですよね。病院でそんな匂いがするはずがないとは思うんだけどなあ……


 この手の話は大抵悪臭だが、小鳥遊さんにとっては甘い匂いらしい。


「それで、小鳥遊さんのおじいさんが亡くなったわけですか」


 そう訊ねると小鳥遊さんは非情に嫌そうな顔をして答えた。


「実は祖父が入院していたのは個室じゃないんですよ」


 病院ですし死人が出るのは仕方ないとは思うんですがね、同室のもう危ないなという方が亡くなったそうです。当時は一々匂いとの関連性など気にしませんでしたがね。ただ、祖父が死ぬまでにお見舞いに行くと何度もその匂いが漂ってきたんですよ。数人が亡くなってからついに祖父が逝ったんですが、祖父が亡くなるときはその匂いが非常に弱かったんですよ。


「おじいさんの時だけ匂いが弱かったんですか」


 珍しい話だ。大抵身内ほどそういったものはよく感じるはずなのだが。


「それはまだ良かったんですがね、実は私はその後一度交通事故を起こして死にかかっているんですよ」


 なる程、自分でその香りを感じたというわけですか?


 いえ、多少は感じましたがね、その事故はバイクで転んで頭を打った事故なんですよ。事故を起こしたときに一番強い匂いを感じたのですがね、その後夢を見たんです。


 夢……ですか?


 ええ、その夢の中では祖父が川に架かる橋の前にいたんですよ。そして懐かしさから『じいちゃん……』と思わず声を漏らしたんですが『お前は来るな』と冷徹な声で私に言って近寄ろうとした私を突き飛ばしたんですね。あの年で死んだので私を突き飛ばすような体力なんてないはずなんですよ。まあそれはただの妄想で済むんですがね、問題は事故を起こして救急車で病院に行った後ですよ。


 そこで一体何があったんですか?


 実は……その病院に着いたときに私を包んでいた甘い香りが拡散したんです。薄れていって僅かに甘かったかなと言う記憶が残っているばかりなんです。その時はおじいちゃんが助けてくれたんだな、後で墓でも参るかと思っていました。


 聞いたところによると、いい話のような気がしますが……?


 確かに私は助かりました。ただ、朦朧とする意識の中で、やたらと医師や看護師の皆さんがバタバタしている音が聞こえたんです。妄想かもしれないとは思ったんですがね、しばし治療をして意識が戻ったときには家族がいたんですよ。ただ、その時の話がどうにも不気味でして。


 何かあったんですか?


 実は、私が治療室に入っている間に同室の人が何人も亡くなったそうなんですよ。病院ですし珍しいことでもないのかも知れませんがね、医師に『あなたが助かったのは奇跡のようです』と言われてふと思ったんです。


「何か感じるところがあったんですか?」


 むかしおじいちゃんのお見舞いに行ったときに匂いを感じたと言ったでしょう? それとあの夢を組み合わせると……もしかしてあの匂いは他人に移すこともできたのではないかと思ったんです。祖父は入院してからかなりの間生きていました。もしかしたらそれは自分に来ている『死』を人に押しつけていたのではないかと思うんですよ。


 それから一息吐いて小鳥遊さんは言った。


 もしもそうだとすると、あの時私が助かったのはもしかして……ね。現に私が入院した先で死人が出ているわけで、嫌でも考えますよね。全て私の予想ですし、ただの偶然だと思いたいんですがね。


 そう言って小鳥遊さんは力なく笑った。そして最後に『私はそんなことをされたとは思いたくないんですよ。なので申し訳ありませんが記録するときは偽名で場所や病院の位置なども出来るだけぼかしてくださいね』と言った。


 私は非常に失礼な話だとは思うのだが、自分が入院することになったら彼と同じ病院にはかかりたくないなと思った。

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