燃える

「人魂って光るんですよ、アレって燃えてるんですかね?」


 今日、話をしてくれた日野さんは人魂を見たことがあるそうだ。


「すいません、私は見たことがないので分かりませんが、人魂で火事になったという話は聞きませんね」


 奇妙な話の出だしから日野さんの体験は始まった。


 アレは中学生の頃でしたかね、まあいろいろあったのですが、平たく言えば学校の治安が悪かったんですよ。酷いものでした、いじめどころか教師も暴力を恐れて見て見ぬ振りですよ。恥ずかしいですがあの状態をどうにか出来るとは思いませんでしたね、流石に逃げるのに必死でしたよ。今なら大問題になるんでしょうがね。


 昔の学校が荒れていたというのは聞きますがね、そこまでだったんですか?


 ええ、多分まともに話すと問題になるようなことが沢山ありました。今から話すのはそういうとんでもない問題では無いですがね。ある一人の生徒の話ですよ。


「生徒ですか、やはり……その、いじめでってことですか?」


 察しがいいですね。まあいじめっ子がいて、いじめられる人がいればそうなるのも仕方ないですね。やはり一人が命を絶ったんですよ。そこまでは言い方はよくないですが、少なくとも怪談ではないですね。怖い話だからってそれは怪談ではないでしょう? ただの酷い話ですよ。


「昔は酷かったとは言いますが、やはり悲しいことですね」


 ええ、そこまでならただの酷い話で済むんですがね。その子の葬式にはクラス総出で出たのですがね、よくまあいじめっ子たちが顔を出せるなとは思いましたよ。


 それで、その子の幽霊が出てきたとか、そういうお話しなんでしょうか?


 うーん……近いと言えば近いんですがね、微妙に違いますね。その子の葬儀は無事終わって何事も無い日常が再会したんですがね、実はいじめっ子に主犯がいまして、そいつの家と私の家が近かったんですよ。その時に説明の出来ない事に出会いまして。


 ほう、それで人魂の話に繋がるわけですか?


 ええ、人魂って土葬時代に死体からでた物質に火が付いて燃えたものだとか言われるじゃないですか? アレはもっともらしいですけど、今の日本ではほとんどの人が火葬になってるじゃないですか、だとしたら骨から燃えるような化学反応が起きないと思うんですよ。


 なんだか奇妙な話が始まったような気がする。しかし日野さんは構わずに語り続けた。


 やはりそういったことがあると安心出来ないんですね、別に私が何かしたというわけではないんですが居心地の悪さみたいなものはやはり感じましたね。それで葬式後の数日はロクに眠れませんでした。かといって当時にスマホなんてありませんからね、ぼんやりと窓から景色を眺めながらどうすればよかったのかなんて考えてましたよ。


 あまりご自分を責めない方がいいのでは……?


 そうですね、私がどうにかできたことでもないのでしょう。ただね、窓の外をぼんやり見ていると光るものを見つけたんですよ。当時はまだ夜空に星が見える程度には夜が暗かったですからね、強い光というわけでもないのですが目立ったんですよ。


 もしかして、それが人魂だと?


 日野さんは首を振って答えた。


 分かりません、ただそれが墓地の方に見えたもので、徐々にこちらに近寄ってきたのは確かですよ。普通は炎がそんな飛び方をしたりしませんよね? 結局アレがなんだったのかは分かりません。ただ道に沿って飛んでいき、こちらの方に向かってきたんですね。怖かったのですが体が動きませんでした。私が固まっている間にその人魂は近所の家に入っていきました。いじめっ子の家ですね。


 なるほど、呪いとか恨みとか、色々抱えていたというわけですか?


 アイツならたっぷりそういったものは抱えていたでしょうね。昔から素行の悪さでは有名でしたから。だから確かにいじめの後に人魂を見ましたが、それが死んだやつのものかどうかは分かりません。なんなら生き霊だって可能性も十分にあると思います、そのくらいには恨まれているやつでしたから。ただ……


 一息置いてその後のことを話してくれた。


 間違いなく言えることはその人魂らしきものの周囲に人はいなかったということですね。人がいたならもっと話が簡単になったのでしょうがね、その人魂はいじめっ子の家に入りました。ドアをすり抜けたので多分物理的な炎ではないのだと思います。その晩、消防車が出動していじめっ子の家が轟々と燃えているのを消火することになりました。つまり何かの原因で家が燃えたということですね。人は誰も傷を負ったりさえしませんでしたがね。


 後日聞いたのですが、施錠された屋内からの出火ということで放火では操作されませんでした。ただし、私はあの人魂がやったことだと思っていますよ。それからいじめっ子は引っ越して、学校の治安も少しよくなったのでそういうことは起きませんでした。ただね、私はあの家を燃やしたのはあの人魂だと思っていますよ。


 アレが人の形をとった幽霊だったら分かりやすかったんですがね。だから私は人魂というのはただ光っているのではなく、燃えているから光を放っているんだと思っているんですよ。


 日野さんはそこまで語って、地元に嫌気がさしたのでなんとかして実家を出たんだと言っていた。人魂に温度があるのかは分からない、ただ光っている理由が燃えているからだと日野さんは主張していたのだった。

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