いじめと守護霊

 果穂さんは『私は母に守られているんです』と語り始めた。


 思えば始まりは小学生時代だったでしょうか、その頃は一時いじめられてたんですよね。


 果穂さんは意外にも気軽そうに重たい過去を語ってくれた。


「いじめられていたといっても、文房具が無くなったり、陰口をたたかれたりくらいだけのことなんですがね。先生も熱心に指導していたので仲間はずれは許さないと言っていましたし、そのおかげでゼロにはなってもほとんどマイナスにはならなかったんですよね」


 意外と本人はそんなものらしい。果穂さんは『黙っていれば分かりませんから』と親に言うことは無かったらしい。それがいいことだとは思わないが、本人からすればそこまで深刻には感じていなかったらしい。


「しかしそれは苦労しませんでしたか? みんな仲良くとか言われても困るでしょう?」


 私はそう訊いたが、彼女はそっと首を振った。


「いえ、せいぜい鉛筆や消しゴムが傷つくくらいでしたからね。我慢していればそれで済む話でしたしね」


 どうやらなかなか我慢強いらしい。話を聞くかぎり、いい思い出では無いが別にトラウマになっていたりはしないようだ。


「辛くなかったんですか?」


 そう訊ねると果穂さんは少し考えてから答えた。


「気分の良いことでは無いですけどね、ほら、小学生の使う文房具なんてたかが知れているでしょう? シャーペンすら禁止なんですよ? だったら別に高額な被害はありませんから。それに向こうもぱっと見て分かるようなことはしませんでしたからね。いくらかの我慢をすれば耐えられないこともなかったですよ」


 そう微笑みながら言うが、案外深刻な話のような気がしてならない。


「ところで、怪談を話してくださるとのことでしたが、やはりそのいじめと関係が?」


「そうですね、ある日を境にそれがいきなり無くなっていじめていた子たちも私に謝ってくれましたよ。被害なんて千円にもならないのでこじらせないためにも許しましたよ。それで何故突然解決したかというのが問題でして……」


「大したことはないんですがね」と言って話を始めた。


 いじめっ子がものすごく怯えた顔をするんですよ、アレは悪いことをしたから反省したと言うより大人に怒られた時のような顔をしていましたね。


 それで、許しはしたんですがね、気になったので突然私と仲直りしようと言い出した理由を聞いてみたんですよ。


「それが心霊と関係が?」


 ええ、まああるんでしょうね……彼女曰く、『夢にすごく怖い顔が出てきた』と言ったんです。それだけなら偶然ということもあるでしょうが、彼女の仲間も全員が同じ夢を見て流石に怖くなったらしいんですよ。


「なるほど、幽霊に助けられたという話でしたか」


 私がそう言うと、彼女は首を振って『そうじゃないんですよね』と答えた。


「その子たちが言うには、夢に出てきた顔が全員同じで、特徴を訊いてみたんですがね、それがどう考えても私の母親としか思えなかったそうでして。その顔が憤怒の形相で天井に張り付いていたのを全員が見たそうです。その後いじめっ子に何があったというわけではないんですよ。ただ怖かったので「謝らなくては」と思ったそうなんですよ」


「いい話……ということでいいのでしょうか?」


 なんとも判断がつきかねているのでそう言うと、彼女も微妙な顔をして言った。


「そうですね、確かにいい話なのでしょう、そう思うんですがね……」


 そう言って躊躇いつつも一言付け加えた。


「その頃は私の母も元気だったんですよね。生き霊だったんでしょうか?」


 それからいじめは無くなったものの、母親のことが少し怖くなったらしい。助けられたのは事実だが、母親が生き霊を一度に複数飛ばせるかもしれないと思うと怖くなったそうだ。


「まあでも、母ももう亡くなりましたし、今では「出てきてくれないかな」くらいには思っていますけどね」


 そう言って果穂さんは寂しそうに微笑んだ。


 それで取材は終わったのだが、私は彼女を見送りつつ、見えなくなったところで一つ安堵のため息を吐くことになった。おそらくは取材中にハッキリ見えたわけでは無いのだが、ぼんやり見えていたあの影がおそらく彼女の母親なのだろう。どうやら本人は知らないが、未だに彼女は保護されているのだろう。

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