お得な物件
「事故物件に住んでいるんですがね、いやー住めば都とは言うものですね!」
気軽にそう切り出したのは田村さんだ。怪談を聞かせてもらったのだが、いきなりものすごく気楽な話し方をされた。普通は幽霊に悩まされたりしていればもう少し暗いものだが、この人は違うらしい。
「事故物件ですか、何か謂れがあるんですか?」
「ええ、実は前の住人がたっぷり借金をして吊ったらしいんですわ、まあすぐに発見されたので特殊清掃みたいな事をする必要も無かったそうですがね」
なかなかの話だと思うが知った上で入ったのだろうか? 普通に不気味だと思うのだが。
「その……何かあったりはしないんですか? 一応怪談を聞きに来たわけですが」
そらあるよ、最近暑くなってきたやん? その部屋にいたらめっちゃ涼しいんや、不思議なことやと思うがな、気温を測っても三十度を超えているのにまったく汗なんてかくことが無いんですわ。おかげでエアコンの電気代が丸々浮くんですわ。
そう言ってガハハと笑う田村さんに悩んでいる様子は一切無い。
「しかも家賃は他の部屋の半額なんですわ、ああ、一応家賃は秘密にしてくれって言われとったんやったな。兄ちゃん、物件の詳細は分からんようにぼかしといてな!」
ええ、当然です。プライバシーですしね。
「助かるわ。まあその部屋で寝ると時々ドアのノブで首を吊った男が見えるんですがな、これが何もしないんですわ! 別に何もせんなら気にせにゃええんでね。それさえ我慢すれば立派な優良物件なんですわ」
田村さんはそう言いきる。幽霊さえ見ていて、その反応はなかなか肝が据わっているなと思った。
「まあお化け様々なんですわ、ワシはあの立地の物件に住めるほど裕福ではないんやし、ホンマに掘り出し物やったんですな」
他に何か怖いことは無かったんですか?
「うーん……そうですな、せいぜい冷蔵庫の生ものの足が速くなるくらいかなあ、言うてワシは基本スーパーで弁当を買ってきてその日に食べるんで別に不便は無いですなあ」
この人は事故物件に住むのに向いているな。普通はそこまで何かあれば逃げ出してもおかしくないのに平気で居座っているとは、幽霊も諦めそうな胆力だ。
「それにしても家賃が安いおかげでワシは整体に通ってるんですがな、その代金を払ってもお釣りが来ますわ」
「整体ですか?」
「ええ、いやあ歳には勝てんですなあ、首やら肩やら腰やら、あちこちガタが来てるんですわ」
その割にはお元気だなと印象を受けましたが。
「そら、家の快適さを語ったら謝礼がもらるんやろ? その金でコレに行くんですわ」
そう言って田村さんは手首をあげてクイッとドアノブをひねるような動作をした。別に謝礼はしっかり払うし、それをパチンコに使うのが悪いという気は無い。
「他に何か聞きたいことがある? 今日は新台が出るんで少し急いでるんですわ」
「貴重なお話しありがとうございます。こちらが謝礼になります」
「おおきに! ほならな! また金に困ったらいつでも取材は受けたるからな!」
そう言って喫茶店をあとにした田村さんを見送りながら、結局最後まで彼の首筋に赤い痣があることを言うことができなかった。少し後、そのアパートの近くを通る機会があったのだが、彼が住んでいると言っていた部屋にはネームプレートがついていなかった。彼が自分から引っ越したのか、あるいは何かあったのかは知るよしも無い。
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