なんでも買えるプリペイドカード

 米田さんは少し前、アルバイトをしていたコンビニで奇妙なことがあったと言う。「あれはなんだったんでしょう」と意見を聞きたいそうなので話を聞いた。


 その日は雨が降っており、客もまばらでそれほど忙しくはなかったんですよ。まあ楽な仕事だなと思いながら最低限の仕事だけをしていたんです。このまま楽なまま終われば今日の雨には感謝だななんて思いながらレジで一人の会計をしていたんです。


「それで、一体何があったんですか?」


 そこまではよかったんですがね、結構な雨の中傘を差して来たおじいちゃんがいましてね。もちろん老人だから悪いとかそういう事じゃないですよ? ただですね、そのおじいちゃん、携帯電話を持ったまま入ってきたんです。もうその時点で俺の直感が面倒なことになるなと告げてきたんです。


「特殊詐欺ですか……」


 ええ、本当に勘弁して欲しいんですけどね、コンビニなんてプリペイドカードを大量に売っていれば詐欺師だって『コンビニで買える』と言うわけですよ。今まで数人そういう人がいましたがね、出来るだけお断りするんですが、そういった人に限って強くこちらに売ってくれと圧をかけてくるんです。『騙されてますよ』なんて言っても絶対に聞いてくれませんよ。ただし売ったら売ったで後から面倒なことになるんですよ。本当にああいう詐欺師は滅んでくれないかなと思います。


「怪談、と聞いていますが、詐欺の話なのですか?」


 そう私が訊ねると、米田さんは頭を掻いてため息を一つついた。


 そうですね、怖い話と言うより奇妙な話なんですがね、そのおじいちゃんは電話を持ったままプリペイドカードのコーナーに迷うことなく進んでいきました。楽な日から一気に厄日に変わったなと思いましたよ。一応観察しておいて、レジに来たときにお断りか通報しようと身構えていました。そのおじいちゃんは通販大手のギフトカードを十枚持ってきて、全部に五万円チャージしてくれと言うんです。


 そりゃね、一枚の上限が五万円のカードですよ、定額のカードだと最大一万円ですからね、詐欺師としてもこちらの方がよほど都合が良いのでしょう。それは分かるんですが余りにも老人からむしる額が多くて詐欺師に良心がない事を感じましたよ。


 それでレジでお金を出そうとしたので『もしかしてインターネットで利用料の支払いなどに利用なさいますか?』と出来るだけそれとなく訊いたんですよ。ハッキリ詐欺ですというと頑なになる人がいますしね。それと警察に連絡する時間稼ぎもしたいですから。


 そうしたらそのおじいちゃんは『こどもの日が近いので孫に玩具を買うんです』と言いました。これは判断しづらいですね、金額が大きすぎるのはともかく、言われたのが四月末だったので、理屈としては間違ってないんです。その可能性は十分ありますからね。でも普通は五十万もかかるものを孫にポンと買えるとは思えませんよね? なので「このカードは通販サイトでしか使えませんがよろしいですか?」となんとか引き留めようとしたんですね。このおじいちゃんがとんでもないお金持ちという可能性は否定しませんよ、それでも不自然じゃないですか。


「それで、結局どうなったのですか?」


 残念でしたがその方がどうしても譲らず、現金をポンと出されたので売らないわけにもいかず、仕方なくレジを通しましたよ。あの時は、この後警察沙汰になるだろうし、面倒くさいことになるだろうなと思いながら満足げに出て行くおじいちゃんを見送りましたよ。


「今のところ怪談にはなっていませんね」


 ええ、最後に少し不思議なことがあっただけですからね。聞いてもらっておいてなんですが、これが怪談なのかは判断出来ません。ただ不思議な話はここからです。


 その後警察から特に何も連絡はなく、詐欺師が上手いことやったのかと思っていたのですが、ゴールデンウィークが終わった次の日曜にそれがあったんです。


「結局、何があったんですか?」


 その日、日中だったんですがね、誰もいないはずなのに自動ドアが開いて入店音が響いたんですよ。こっそり入ってきた万引き犯の可能性もあるじゃないですか、それで一通り見て回ったんですが、誰もは言ってきた様子は無いんです。出て行った人もいませんでした。


 誰かが自動ドアに近づいたのかな? と思って通常業務に戻っていたら、例のおじいちゃんがそれから少しして入ってきたんです。『うわ、クレームか?』と嫌な気はしましたが、笑顔を崩さず『いらっしゃいませ』と言いました。そのおじいちゃんはレジに立っている俺を見て、こちらに歩いて来たんです。はぁ……またかよ、と思いながら待っていると、おじいちゃんは相好を崩して俺に話しかけてきたんです。


「この間はありがとうございました。おかげで孫も喜んでいましたよ」


 そこで、『本当に五十万も買ったのか!?』とは思ったんですが言うわけにも言いませんし、「ありがとうございます」と答えました。そうしたらそのおじいちゃんが……


『こどもはやはり足が速いですな、年を取るとついていけませんよ』


 そう言ってお菓子が吊り下げてある棚を見たんですよ。つられてみたんですが、そちらには誰も買い物客はいませんでしたよ。そのおじいちゃんはお礼を丁寧に言いました。そして視線を右下にやってから『健、帰るぞ』と言って出て行ったんですね。


 そこまでは少し不思議な話で済んだのですが、帰り際、店長に『この間プリカ五十万も買っていった人がいたの?』と少し責めるような口調で言ってきたんです。無理もないとは思いますよ、詐欺の片棒を担いでいるようにしか見えませんもん。


 でもね、店長に『どうしてもと言われまして、ただ今日お礼をいいにこの店に来ましたよ。健って孫にこどもの日のプレゼントを買うのに使ったようですね。


 そう言ったら店長の顔から血の気が引くように白くなったんです。『どうしたんですか?』と訊くと、『その爺さんの孫は健と言ったか?』と訊くものですから、『そうですね、そう言っていたので』と答えました。店長は神妙な顔つきになって俺に言うんです。


「あのな、実はそのおじいさん……と健くんはよく知っているんだ」


 ああ、店長の知り合いでしたかと納得したんですよ。それならここで多少高い買い物もするのかなと思ったんですがね……


「健くんは三月に交通事故で亡くなってるんだ……防犯カメラを見たが、そのおじいさんの孫が健くんだ」


「え……死んだって……アレですか? 仏壇にお供えするとか……」


 自分でもそう言いつつそれが違うことには気付いていました。何故か誰もいないのに開いた自動ドア、感謝するおじいさん、右下へこどもの頭がちょうどあるくらいの高さへの目線、そこで背筋が寒くなりましたね。


「クレームは来ていないみたいだし責任はないけど、こういうのは基本止めてね」


 そう店長が言ったのですが、結局俺はその後少しでやめました。それまでに数回自動ドアが何もないのに開いて、あのおじいさんが入ってくるということがありましてね。どうにも不気味だったんです。


 その後、怪異などはないと言うが、米田さんは最後に一言言った。


「あの通販サイト、なんでも売っていますけど、幽霊向けの玩具まで売ってるんですかね……?」


 ひとしきり話を聞いて、バイトをやめてお金が少し苦しいと言う米田さんに少しばかりの謝礼を払ってお会計を済ませました。気のせいでしょうと言うのは簡単ですが、彼は本気で怯えていましたからね、言いませんでした。

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