迷惑なドッペルゲンガー

 菱川さんは友人を一人、ドッペルゲンガーによって失ったそうだ。本人は怖いわけではないが、理不尽な目に遭ったので話しておきたいと言うことだそうでそれを聞いた。


「はじめに出てきたのは大学でしたね。当時はコロナ禍で外出に厳しい時期でしたよ。そんな時友人に言われたんです」


『なあ、この時期に飲み屋に行ったりしない方がいいんじゃないか?』


 その当時は一番あたりが厳しい時期だったので最低限の外出以外していませんでしたよ。でもその友人は飲み屋で僕を見かけたそうです。話しかけたのに『ああ』とか『うん』しか話さないのであきれて別れたそうです。


 その事を言った本人も飲みに行っているのはさておき、よく似た人を見たという可能性もあるが、であれば菱川さんの知り合いと話をしたときに人違いだと告げるだろう。


「本人も行っているじゃないかというのは置いといて、僕も人違いじゃないかと言ったんですが、そいつは間違いなく僕だったと断言していました。しらを切っていると思われたのでしょうね、結局疎遠になってしまいました」


 その一回だけではなく、コロナ禍から、一応は外出しても問題無いときになってもそのそっくりさんは現れたらしい。


「次は大学でようやく出来た彼女と出会ったようで、買い物をしているときに僕に会ったので昼食を共にしたのですが、その男は自分のことをろくに話さず、あげく支払いを割り勘にしたそうなんです。とにかく印象の悪いことをされたので『人違いだよ』と言ったら火に油を注いじゃいましてね、そのせいで関係が終わってしまいました」


 菱川さんは軽く話しているが、恋人まで失うというのはよほどのことではないだろうか?


「しかし奇妙ですね、ドッペルゲンガーがいたという話は聞きますが、話した人はあまりいませんよ」


 かれは「でしょう!」と言ってそれからも時々現れたと言う。


 あの時は、バイト先の先輩の前に出たらしいです。やはり見えているし、間違いなく僕だと断言されて、曖昧な言葉しか話さず別れの挨拶もせず消えたそうです。幸いその先輩は『失礼だったぞ』と言いましたが、お説教だけで済みましたね。絶縁まであったのでまだマシだなと思いましたよ。


 それから心当たりがなくてもとりあえず謝るようにしています。そのドッペルゲンガーの目的がなんなのか、そもそも目的なんてものがあるのかは分かりません。ただ、僕の周囲に出てきては人間関係のトラブルを起こすだけなんですよ。


「なのでこの話を公開してもらえると、そういう目に遭う人もいるんだと理解する人が増えるかもしれないじゃないですか。少しでも理不尽な目に遭っているのを理解して欲しいんですよね」


 そう言って彼は今までのトラブルを語ってくれた。多くの人が離れていったが、なんとか就職して生活をしているそうだ。幸い職場の人の前には現れないので今のところ同じ仕事を続けられているそうだ。


「見たら死ぬという話も流れていますがね、あんな伝説より一度目の前に出てきたらぶん殴ってやりたいと思いますよ」


 そう言い、ドッペルゲンガーに怒りを示して彼との話は終わった。


 なお、菱川と名乗る人は以前にも電話を頂いており、怪談を話したいと言って電話を切ったのだが、その時は待ち合わせ時刻にそちらの菱川さんは現れなかった。彼が約束をすっぽかしたとは言っていないので、声のそっくりな同じ名前の人が話を持ちかけて来たのか、あるいはアレがドッペルゲンガーだったのかは分からない。ただ、この話は彼にしない方がいいなと思ったのでそれを言うことは無かった。

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