連れてった?
Hさんは神を信じていなかったそうだが、あることがあってから神も仏も信じるようになったそうだ。
当時、高校生だった彼は柄の悪いグループに入っていた。当然のことだがその頃は神だのなんだのといったものは微塵も信じていなかったそうだ。
「あの頃は怖いもの知らずだったと言いますかね……とにかく無鉄砲だったんですよ。神社で賽銭を盗んだり、暇な連中が深夜にたむろする場所に利用したり、神様なんてものが居れば怒られるのは間違いないことをしていましたね」
しかし一体何があったんですか? 普通は突然信仰心に目覚めたりしないと思うのですが?
「いやぁ……人間死ぬか生きるかまで追い詰められれば案外信仰心も芽生えるものですよ」
Hさんは昔、バイクに乗る連中の集合場所として郊外の公園を利用していたそうだ。警察の監視もそこまでは届かないし、近くに家が無いので多少改造したマフラーを使用しても通報されづらいというのが理由だった。
その日も悪友たちとそこに集まって二人乗りやら空ぶかしやら、とにかくやりたい放題でしたよ。当然どこかへ走っていくわけで、その時は人の少ない場所を爆音を立てながら走って、着いたのは墓地でしたね。
何故墓地なんかにですか? その墓地は滅多に人が来なかったんですよ。いや、決してたまり場に利用していたからとかではないですよ。そこは所謂無縁仏が多く眠っている場所でしてね、その性質上そこにわざわざ墓参りにくる人なんてほとんど居なかったんですよ。
不気味ではなかったんですか? と思わず訊いてしまった。
「不謹慎な話ですがね、たまり場には丁度いいと思っていましたし、全員自分の死なんて想像もつかない歳でしたからね、仏がどうなろうと知ったことかという空気でしたよ」
そんな怖いもの知らずな一行だったが、その日、深夜に墓に集まっていると一人が声を上げたんです。
『おい! 地蔵があるぜ!』
みんなしてそちらを見ると、真新しいお地蔵が一つぽつんと立っていたんです。首無し地蔵なんて分かりやすく怖いものではなく、普通の地蔵でしたね。当然ですが当時の仲間は誰も怖がらず、まるで出来たばかりのような地蔵に触って口だけで『こえー』とか冗談を言っていましたよ。
その頃はとにかく昔でしてね、今のようにお使いでもお酒が買えないようなことはなく、制服を着ていたりしなければ高校生に平気で酒が売られていた時代でした、そして飲酒運転は悪いことでしたが、まだ大事件が起きていなかったので取り締まりが緩かったんですね。必然、酔っぱらったままバイクに乗ってきているやつもいます。今なら間違いなく厳しく罰せられますが、まあ時代ってやつですね。
とにかくその酔っているやつが地蔵を見てゲロを吐いたんですね、そこまで悪酔いしててもよくバイクに乗れるものだとズレた方に感心していましたよ。
地蔵に吐瀉物を吐きかけるとは、随分やりすぎではないだろうか? 当時は緩かったというのは本当だろう。悲しい事故が起きるまでは飲酒運転がなあなあな処分ですまされていたのは事実だ。
「みんなしてそいつを罰が当たるぜとか面白がって揶揄したんですね。もちろん本気で信じてなんて居ませんでしたよ、ただ面白かったと言うだけでしたね」
そしてHさんは吐瀉物をかけた地蔵を無視して仲間と共にバイクで走って解散したそうだ。
次の集まりではその地蔵に吐きかけた男がいなかったんですね。仲間に『アイツはいないのか?』と訊ねたのですが、『誰それ』と言われてしまいまして、混乱しましたね。
その日も集まりやすいということで墓場に集合したんです。そこで真っ先に気付いたのが地蔵が消えているんですね。仲間に『地蔵はどこに行ったんだろうな?』と言っても誰一人それがあったことを覚えていなかったんです。
結局、今に至るまで地蔵に吐きかけた男は誰も知らないままですね。もしかしたら私の気のせいだったのかも知れませんが、時々思うんですよ。あの地蔵がその男をどこかに連れて行ったんじゃないかと思えて仕方ないんです。
その事があってからどこかの信者になったというわけではないですが、墓石や地蔵、仏像などを粗末に扱うことはしなくなりましたね。家にある仏壇に線香を供えることも増えました。何が幸いしたのかは分かりませんが、私だけがアイツを記憶しています。存在を消されたくはないので罰当たりなことはしないようにしていますよ。
今にして思うと地蔵が寺の墓場においてあるのも珍しいと思うのですが、アレは地蔵ではなく何かの呪物だったのではないかとも考えていますね。
そう言ってHさんはタバコをふうっと吸った。結局、真相は彼の頭の中にしかないそうだが、すっかり健全な生活を送るようになり、今では毎年時期になると墓参りは欠かさないそうだ。
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