第三話——秘密

「ぷはっ」

 何とか、滑り込みで現実世界に戻ってきた僕は、さっきまでの出来事を考えることで精一杯だった。

 後ろを見ると、さっき通ったゲートが少しずつ縮んでいくのが分かった。

 うわ……本当に危なかった。


 ——姉妹側からしたらいきなり僕がいなくなったわけだから……というのを全く考えていなかった。


「あ、小夜さよちゃん。ただいま」

「ただいまじゃないよ!? 凛月姉りつねえどこ行ってたの? どうして何でいきなりいなくなったの? 結星姉ゆらねえも心配してたんだよ、本当にどこ行ってたの!?」

 あ、忘れてた……僕、二人からしたら、僕の方がいなくなってたんだよね。


「いやぁ、実は、僕からしたら二人がいなくなってたの。叫んでも返事がなかったし、適当に歩いてたら、綺麗に光ってる木のうろを見つけたんだよね。そしたらそこに吸い込まれて、なんか除霊師になることになったんだよね、えへっ」

「え……何の話? やっぱりどこか怪我してるんじゃないの?」


 ——こんな風に、本当の事を言いでもしたら、小夜ちゃんについに『凛月姉は頭がおかしくなった』と思われてしまう。

 だから、

「いやぁ、実は、今朝みたいに背中に冷たいのを感じたから、咄嗟に追っていっちゃったんだよね。ほら、なんかあるといけないからさ、威嚇しておこうと思って」

 と答えた。

 小夜ちゃん相手なので、今朝の幽霊?を言い訳に、姉さんには言わないでもらおうという魂胆である。


「……そっか。結星姉みたいな怖がりじゃなくても、普通に私も怖い」

「…………」

 怖がられた。……ごめんね。


「いや、別に凛月姉のことを怖いって言ったんじゃなくて、その幽霊のことだから」

 そ、そっか。それならいいんだけど……。


「……それで、もう一個聞きたいんだけど。その手に持ってる素敵な色の本は何?」

「これねー。今日ねー友達にオススメされてー。でも、借りてみてみたら除霊の本だったのー。だから、幽霊追っかけた時に使えるかなーって取り出したんダケド取り逃したね——」

 ほぼ棒読みだった。嘘が下手な僕である。

 ……このことがバレたら小夜ちゃんはキラキラ目を輝かせるのだろうか。

「……まあいいや。完全に暗くなる前に見つかってよかった。ほら、おうち帰るよ」

「……はい」


 どうやら見逃してくれたみたい——頭がおかしいとは思われなかったかもしれないけど、確実に、どうしようもない姉さんだと、呆れられた。

 これは秘密にするしかないや。


「あ、小夜! 凛月、見つかったのか。おかえり。どこにいたの?」

 帰ってきたら、結星姉さんがお鍋をかき回していた。鰹節のいい香りが家中に広がっている。

「ただいま——凛月姉、なんかでっかい木の前にいた」

「……??? でっかい木はたくさんあるからな……まいっか。まあ、見つかってよかった」

 小夜ちゃん、全然誤魔化してくれない。多分面倒なんだろうけど、抽象的を超えて何もわからない。

 ……反応からすると、過度に心配していたのは小夜ちゃんの方だったんだな。姉さんは……さすが姉さんというべきか——姉さんは迷子の経験が他の人より豊富なので——あまり心配していなかったようだ。

 ところで小夜ちゃんは、外では姉さん呼びなのに、家族だけの時や、家にいる時は『凛月姉りつねえ』とか、『結星姉ゆらねえ』と呼んでいる。そういうとこはなんかかわいいな、とほんわかする。


「……めっちゃ、おいしそう」

 僕は姉さんが作っていたお味噌汁を見て、すごくお腹が空いてきた。

「凛月も、早く作れるようになってよ」

「僕は卵焼きしかできないからな……」

 茹でた時にどうやったら均等にきれいに火が通るのか、僕は全く掴めないのだった。

 特にジャガイモの場合は最悪。シャキシャキのじゃがバターを作って食卓に出した時は、二人の視線を痛いほど感じたね。

 卵焼きは火が通っているのが目に見えてわかるからできるんだけれど。


「というか、逆に凛月姉は卵焼きのプロでしょ。この前とかも、焼いてる途中に、出汁入りスクランブルエッグを作っていると思ったらだし巻き卵になってたし」

「いや、あれは、卵を入れて一番最初ちょっとかき混ぜるのは、ふわふわさせるためだから、別にスクランブルエッグを作っていたわけではない……」

 小夜ちゃんは、僕より成績が良いのにも関わらず、ボケなのか天然なのか、抜けているところがある。

 贔屓目で見ているとしても、そういうところは最高に可愛い。


「ほら、二人とも準備手伝って」

 姉さんが苦笑いしながら言う。

「じゃあ私はご飯をよそってよう」

 と小夜ちゃんが言ったので、僕はボケた。

「小夜ちゃん! 新しいしゃもじよっ!」

「六年前からあるよ」

 某有名アンパンアニメのネタでしょうが。乗ってよ。

 ……そう、僕たちは毎日こうして夜ご飯の準備をしている。

 姉さんがご飯を作っていて、それを覗きに来た僕と小夜ちゃんが手伝いに入る。下手なりに、僕が作っていることもある。

 小夜ちゃんは本当に料理が苦手なので、基本的にサポートだ。


 そうこうしているうちに夜ご飯を食べ終わった。お風呂に入るまでに少し時間があるので、渡された『本』を読んでみることにした。きれいな装飾のなされた表紙を撫で、開く。

「…………」

 恐らく、ソラノちゃんの手書きだった。

 すごいな。字がきれいで読みやすい。罫線も引いた痕跡はないので、得意なのかもしれない。

「ん——……」

 さて、困った。

 内容が内容なだけに、やはり入ってこない。


 人間は、これまで触れたことのない情報に触れると、理解に時間を要するのだと理解した、僕だった。

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