第41話


「だけど、どうしてすぐに基地へ帰ってこなかったんだい? 1週間もたってたじゃないか」

「モービーディックの治療に手間取ってな。終わった時にはすっかり日が暮れていた。恩知らずのゼブラはとっくに姿を消していた」

「追いかけて来ればよかったのに」

「ゼブラの行き先を知らなかったのさ。だからストロベリー基地に戻るしかなかったが、そうなると海流が邪魔になる。知っているか?」

 ここでコバルトは大洋の海流の話をしてくれたが、複雑すぎて、僕には正直理解できなかった。

 ただ、海に住むサイレンがいかに海のことを深く理解しているか、しみじみ感じるだけに終わった。本当の話、海に関するサイレンの知識は、人間なんか及びもつかない。

 この日のパトロールは平和だった。水上艦にしろ潜水艦にしろ、日本のものには一隻も行きあたらなかったんだ。

「まあ、こんな日もあるさ」

 要するにコバルトによると、海流が邪魔をして直線距離で基地に戻るのは面倒だったこと。最近は仕事ばかりで疲れていたこととで、数日間の休暇を勝手に取ったということだった。

 その間、僕は待ちぼうけで、ずっとコバルトの身を心配していたというのに。

「休暇は楽しゅうございましたかな?」

 と僕が下僕のような声を作って言うと、

「ああ、いい気分転換になった。今度連れて行ってやるさ」

「本当に?」

 胸がドキドキしなかったと言えばウソになる。サイレンたちが海中でどんな暮らしをしているか、地上の人間で知っている者は一人もいないのだから。

 しばらくの間僕は、サイレンの暮らす深海世界の様子を思い描き、想像にふけった。

 もしかしたら深海には、コバルトよりも美人で、性格の優しい付き合いやすいサイレンだっているかもしれない。

 僕はいい気分だったが、この時コバルトが声を上げた。

「これは何だ?」

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