第11話


 結局、僕を目覚めさせたのは、天井からしたたり落ちる水滴だったかもしれない。冷たいしずくが僕の顔にぶつかった。

 目を開き、あわてて起き上がると、なぜか僕は水の外にいた。ヘルメットも外されて、空気をじかに呼吸している。

 波の音が聞こえるから波打ち際で、空気タンクも背中から外され、僕の隣に置かれていた。

 ランプの光が天井や周囲の壁にキラキラと反射するが、同時に暗い場所だ。

 どうやら洞窟の内部で、その出口が海に向かって突き出しているのだと分かった。波の音はそこから聞こえているのだ。

「お目覚めですか?」

 声がしたのでキョロキョロすると、この瞬間まで気が付かなかったのだが、すぐそばにサイレンがいた。

 なんと空気タンクだけでなく、さらに僕の服まで脱がせようというのか、あの尖った爪で器用にボタンを外そうとしている。ピョンと起き上がり、僕は一歩離れなくてはならなかった。

 なんだか楽しそうな表情で、サイレンは僕を観察している。

 一般にサイレンは金髪碧眼だが、このサイレンは黒い髪と瞳を持っている。コバルトと同じなのは、いかにも深海育ちらしく肌が透き通るように白いところだ。

「リリー」

 僕はこのサイレンを知っていた。コバルトと同じようにストロベリーに属しているサイレンだ。

 美人だが、ラテン的にとんがったような顔のコバルトとは違って、リリーにはいかにも優しげで、はかなげな雰囲気がある。

「私の名を知って下さっているのですね。光栄です」

「ここはどこだい? コバルトは?」

 リリーはクスリと笑い、

「誰も知らない秘密の洞窟です。人間はもちろん、サイレンたちだって知りません。無人の小さなサンゴ礁にあるのです。航路からは遠く離れ、船が通りかかることもありません」

 その言葉通り、見回せば、いかにも秘密の隠れ家といった場所だ。ちょっとした倉庫ぐらいの広さで、ストロベリー基地からくすねてきたのか、非常食料の入っているらしい木箱がすみに積まれている。

「コバルトは?」

「ああ、そのお話もしなくてはなりませんね。でも、きっとコバルトは生きていないと思いますよ。後頭部に爆雷を食らい、くるくると回転しながら深海へ落ちてゆくのを見ました。あなた一人を助けるだけで精いっぱいだったのですよ」

「助けるって?」

「いくらコバルトでも、至近距離で爆雷が爆発したのでは、どうしようもありません」

「それでここは?」

「以前から私は、人間をペットとして飼ってみたいと思っていたのです。ここが、今日からあなたの家です。そこに非常食料が置いてあるのが見えるでしょう? 好きにお食べなさい」

「それじゃあ、ただの監禁じゃないか。僕じゃなくて、あんたの相棒を監禁するのじゃダメなのかい? あいつはどうした?」

「トーマスのことですか? あの人は繊細過ぎたのかもしれません。ここへ閉じ込めて3日目に自殺してしまいました。私に飼われることがそんなに嫌だったのですかねえ」

 僕はトーマスを思い浮かべようとした。

 知らない顔ではなかったが、ろくに口をきいたこともなく印象は薄い。死んでいようが、どうであろうが、どうでもいい感じ。

 言っていることのとんでもなさとは反対に、リリーは優しげに微笑んでいる。心を落ち着けて、僕は状況を見つめ直そうとした。

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