第10話 混乱(叶芽)

 

 嫉妬した冬真とうまなだめるのは大変だった。


 高校生の理玖りくにもらったプレゼントを巡って口論になったが、それでも叶芽かなめはブレスレットを外さなかった。


「どうしてまだそれつけてるの?」


 大学に着いて早々、空き部屋に連れていかれた叶芽は、負けじと言い張った。


「せっかく貰ったものを捨てるわけにもいかないし、これくらいいいだろ?」

「浮気者」

「友達だって何回言えばわかるの? それと俺が他の友達と喋るたびに睨むのやめてくれない?」


「睨んでない。楽しそうだから見てるだけ」

「気になるなら、こっちにくればいいだろ?」

「近づいたらキスしたくなるし触りたくなるから」

「……人のいない場所でならキスはいいよ」

「無理。キスだけで終われない」

「……もう帰ろう……ん!」


 話している途中、冬真は叶芽の唇を貪るようなキスをする。


 そんな冬真を叶芽は押し退けて睨んだ。


「言ってることとやってることが違うだろ!」 

「ねぇ」

「なんだよ」

「約束して。あいつと2人だけで会わないでほしい」

「あいつ? 理玖りくのことか? それは約束できない。それとも冬真と3人で会えばよくない?」

「俺はあいつが嫌いだ」






 ***






 冬真には止められたもの、叶芽は理玖と会うのをやめなかった。


 ここで冬真の言うことを聞けば、きっとこの先も他の友達と会えなくなる。そんな風に言いなりになるのはご免だった。


 だが冬真が嫉妬する気持ちもわからなくはないので、冬真の見えないところで理玖と会うことにした。


 いつもの洒落たカフェに来た叶芽と理玖は、窓際の席で向かい合って座った。

 

 一緒にいると場所を考えずに密着してくる冬真と違って、程よい距離感が叶芽には心地よかった。


「この間はごめん、置いてけぼりにして」

「この間? ああ、図書館の帰りに会った時のことですか?」

「うん。冬真のやつはマイペースだから」

「とうまさんって言うんですね……カッコいい人でしたね」

「理玖もいい勝負じゃないか?」

「……本当にそう思います?」


「俺は2人が羨ましいよ。イケメンが見る世界ってどんなだろう……あいつ頭もいいし。ズルいよな」

「俺が見る世界は、叶芽さんと変わらないですよ」

「理玖は優しいな。そのビジュアルでその性格、絶対モテるだろ?」

「……好きな人以外にモテてもしょうがないです」

「出た! イケメンの常套句じょうとうく。そういうこと言うからイケメンなんだよ」

「あの……あまりイケメンを連呼しないでください。恥ずかしいです」


「理玖は控えめでいいよな。あいつと違って──それで、理玖には好きな子がいるの?」

「……はい」

「あ、いるんだ? どんな子?」

「可愛いし、綺麗な人です」

「へぇ、その子とは付き合ってるの?」

「まだです」

「え? 理玖なら、即オーケーもらえそうじゃない?」


「それが……好きな人には彼氏がいるみたいで」

「ええ!? それは残念だね」

「近いうちに奪ってしまおうかと思ってますが」

「りゃ、略奪!? 高校生とは思えないセリフだな」

「本当は受験が終わるまで我慢するはずだったんですが……彼氏と一緒にいるところを見たら、このままじゃダメだと思って」


「バイトに受験に好きな子かぁ……理玖は忙しいね」

「その人のことを思うと、なんでも頑張れてしまうんです」

「すごいね。理玖にとってその人は元気の源なんだ?」

「はい」

「それにしても、彼氏がいるのに理玖を惑わせるなんてすごい子だね」

「そうですね。俺も、こんな風になるなんて初めてで……困惑してます」


「ふうん……理玖は今まで何人くらいとつきあったの?」

「10人くらい……です。叶芽さんは?」

「俺は……3……いや、4人だけど。やっぱりモテるやつはすごいよな。冬真なんて、21人だし」

「でも……その人は、10人以上の存在なんです」


「冬真と同じことを言ってる」

「とうまさんですか?」

「ああ、うん。冬真にも好きな人がいるらしいけど、その人は20人以上の存在なんだって」


 叶芽がはにかむように笑うと、理玖は少しだけムッとした顔をする。


「ごめん、理玖はその人のこと真剣なんだな。茶化して悪かった」

「そうじゃないんです。比べられるのが嫌なんです」

「え?」

「叶芽さん、ちょっと耳を貸してもらえますか?」

「うん、どうしたの?」


 近づいてくる理玖に、叶芽は大人しく耳を貸した。

 すると──

 頬にさらりとキスをされた。


「……え?」

「叶芽さんって、隙だらけですね」

「は? いや、隙だらけって……」


 叶芽が動揺する中、理玖は可笑そうな顔をする。


「叶芽さんは面白い人ですね」

「か、からかうなよ! なんなんだよ、いきなり」


(これが冬真にバレたらお仕置きどころじゃなさそうだ)


「あの、叶芽さん」

「なに?」

「実はうちのオヤジがたくさんビールをもらったんですが、オヤジは飲めなくて……良かったらもらってくれませんか?」

「ビール? え? でも、悪くない?」

「全然、悪くないですよ。どうせなら、美味しく飲んでくれる人に譲りたいってオヤジが言ってました」


「じゃあ、遠慮なくもらおうかな」

「ちなみにそれ、外国のビールなので、良かったらうちで味見してから持って帰ってください。俺にはよくわからないけど、ビールにも好みがあるんですよね?」

「あー、うん。俺はなんでも飲むけど」






 ***






「理玖の家、広いね。お父さんと2人暮らしなのに」


 ビールをお裾分けしてもらうために、理玖の家にやってきた叶芽だが、予想以上に広いタワーマンションで少し緊張していた。


(冬真の部屋に似てる)


 叶芽の部屋の3倍はあるリビングをきょろきょろと見回していると、理玖は微笑ましそうな顔をする。


「そうですか? ビールを用意するので、くつろいでくださいね」

「ありがと」


(初めての家ってなんか緊張する)


 少しだけ背筋を伸ばしてソファに座る叶芽だが、そんな叶芽のところに早くも理玖がビールを持ってくる。


「お待たせしました」

「って、ええ!? なんで2缶も開けてるの?」

「味が2種類あるみたいだったので、2つ用意しました」

「高校生にお酒出してもらうとか、なんか罪悪感が……」


「俺が飲むわけじゃないから、気にしないでください。それと何かつまみ作りましょうか?」

「高校生につまみを作らせるのはちょっと……」

「バイトで慣れてます。すぐできるので、待っててください」


 理玖がカウンターキッチンに入るのを見て、叶芽はおそるおそるビールを口にする。


 独特の後味だったが、嫌いな味ではなかった。


「んー、このビール美味しい」

「良かった、叶芽さんの口に合うみたいで」

「俺、理玖はもっと苦学生だと思ってた」

「なんですか、いきなり」


 テーブルにつまみを並べる理玖に、叶芽が早速絡み始める。

  

 思った以上に、酔いが回るのは早かった。 

 

「だって、バイトしながらうちの大学目指してるし」

「よく言われます。受験生がバイトなんかして余裕だなって……でも俺、あまりオヤジの世話にはなりたくなくて」

「そっか……理玖にもきっと色々あるんだろうな」


(久しぶりのビールでふわふわする)


 気づくと、あっという間に2缶あけていた。


 叶芽がふわふわした頭でぼんやりしていると、理玖が新しい缶を持ってくる。


「良かったら、もっと飲んでください」

「え? でも、あまり飲むと俺……寝ちゃうかも」

「へぇ……そうなんですか」


 叶芽が遠慮する中、理玖はさらに新しい缶を開けた。


「ちょっと!」

「良かったら泊まっていけばいいですよ。今日はオヤジもいませんし」

「泊まるのはさすがに迷惑だと思うから、これを最後に帰るよ」


 叶芽は仕方なく理玖が持ってきた缶を飲み込んだ。


「理玖は……こんな酔っ払いといて、楽しくないだろ?」

「そんなことないですよ。お願いしたのは俺ですし……もっと飲みますか?」

「いや、さすがにもういいよ。これ以上飲んだら本当に帰れなくなる」


(冬真の家ならまだしも、理玖の家に泊まるわけにはいかない)


「……あ」


 立とうとしてふらついた叶芽を理玖が支えた。


「はは、叶芽さん、お酒くさい」  

「おい受験生、さっさと勉強しろよ」

「なんですか、いきなり」

「もうこの時期、余裕なんてないだろ? わかってるんだぞ……余裕あるふりをしてるだけだって」


「俺、これでもA判定ですよ」

「うわ、生意気!」

「叶芽さん、ひとつお願いがあるんですが」

「ん?」


 叶芽が見つめると、理玖は固唾を飲んだ。


「勉強頑張れるように、ちょっとだけいいですか?」

「ちょっとだけ? 何を?」


 理玖の言う意味がわからず、首をかしげていると、温かいものが唇に触れた。


 理玖の唇だった。


(え? 何? 何が起こってる?)


 慌てて身を引こうとする叶芽の頭を捕まえて、理玖は深いキスをする。


 状況がわからず呆然とする叶芽に、理玖はどこまでも食らいついた。


(これは……高校生のキスじゃないよなって、そんな場合じゃない!)


「ん……やめろ!」


 力をこめて押し返すと、理玖はようやく離れた。


「……はぁ……はぁ……なんなんだよ。俺、もう帰る」


 震える体をなだめながら帰ろうとする叶芽を、理玖は優しく包み込む。


「……す、すみません……叶芽さん。俺、悪ノリがすぎました」

「悪ノリどころじゃないよ。なんなんだよ!」


 相変わらずふわふわした頭で理玖を睨みつけると、理玖は反省した様子で俯いていた。


「……本当は、勉強頑張れるようにって……軽いキスをもらおうと思ったんです。でも叶芽さんに触れたら、なんだか熱くなって……」

「俺にはよくわからない」


 酒で思考力が低下している頭では、理玖の言うことが理解できなかった。


 思った以上に酔っぱらっているらしい。


 立っているのがやっとの状態で、叶芽はどうすればいいのかわからなかった。

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