第9話 お仕置き(叶芽)

 冬真とうまは今日も叶芽かなめの元へは来なかった。


 叶芽の一方的な約束でも冬真は守ろうとしてくれていた。


 ただ、冬真は心が狭いらしく、叶芽が他の友達と喋っていると、睨んでくることが多々あった。


 だから叶芽はなるべく冬真の視界に入らないよう、冬真が行かなそうな場所を選んで行動していた。



 そんな時だった──



「あれ……叶芽さんじゃないですか?」 

「あ、理玖りくくん?」


 サークルの付き合いでカラオケに来た叶芽がドリンクバーを探していると、通路で理玖に会った。


 しかも理玖はバイト中のようで、店員のエプロンを身につけていた。


「意外ですね、叶芽さんはこういう場所に来なさそうなのに」

「理玖くんの中の俺ってどういうイメージなの? 俺だってこういう場所で遊んだりするよ」

「叶芽さんは図書館で静かに本を読んでいそうな感じだったから」

「あはは。それって誰だよ」

「でも少しだけ、叶芽さんが身近に思えました」


「理玖くんはここでバイト?」

「はい」

「受験と両立は大変だね。頑張ってね」

「……はい。ありがとうございます」

「あ、そうだ」

「どうかしましたか?」


 叶芽は近くの部屋からバックパックを持ってくると、ファスナーにつけていたお守りを取り外した。


 それは、叶芽が大学受験のために願いをこめたお守りだった。


「これ、俺のお守りだけど……理玖くんにあげるよ」

「え」

「俺が受験の時に使ったお守りなんだ。って……もうボロボロだけど」

「いいんですか?」

「ああ、なんとなく捨てられなかったんだ。もらってくれる?」

「ありがとうございます」


「じゃ、ごめんね。引き留めて」

「あ、あの、叶芽さん」

「何?」

「明日……時間ありませんか?」

「明日? 明日なら、一日ヒマだけど」

「良かったら、俺とお茶してくれませんか?」

「お茶? いいよ」


(大学のことでも聞きたいのかな?)


「じゃあ、また連絡します」

「わかった」




 それから叶芽は、約束通り理玖と連絡をとりあって、バス停で待ち合わせた。


「あの、待ちました?」

「いや、全然。今日はどこでお茶する?」

「えっと……ちょっと遠い店でもいいですか?」

「? ん、いいよ」


 叶芽も何軒か調べてきたもの、理玖の希望を優先して移動した。


 案内されたのは、少し離れた街にあるカフェだった。


 バーカウンターがあるところを見ると、夜は酒を飲む場所にもなるのだろう。


 洒落たカフェは女性客が多かったが、席の間隔が広いせいか、男二人でも落ち着く場所だった。


「へぇ……素敵な店だね。ここって酒もあるんだ?」

「あ、叶芽さんがよければ、飲みますか?」

「いや、さすがに昼間からはやめておくよ。俺、酒が入るとひどいし」

「そんな風には見えないけど」

「だから、俺に変なイメージ持たないで。俺なんて普通の男だから」

「そうですか? 叶芽さんってどこか品があるっていうか……綺麗だし」

「どこが? やめてよ、なんか恥ずかしいから」


 叶芽が手で顔を隠すと、理玖は微笑ましそうに笑った。


「とりあえず注文しようか……俺、カプチーノにしようかな。理玖くんは?」

「じゃ、俺はカフェモカで」

「……で、今日はどうしたの?」

「なんの話ですか?」

「何か聞きたいことがあるから、俺を呼んだんじゃないの?」

「……いえ、聞きたいことっていうか……叶芽さんともっと話してみたくて」

「そっか。大学のこととか、知りたいことがあれば、なんでも聞いて」

「はい」


 それから叶芽と理玖は大学の話から趣味のことまで、他愛のない話をした。


 年は離れているもの、理玖は見た目と違い大人びた印象があった。

 





 ***






「これで4つも年下だなんて、信じられないな。俺のほうが子供みたいだ」

「そんなことないです。叶芽さんはやっぱり大人ですよ」


 夕方になり、二人はバス停に向かって、ゆっくりと道路橋どうろきょうを歩いていた。

 

 こんなところを冬真に見られたら大変なことになるだろう。


 だからといって、せっかく懐いてくれた理玖を邪険に扱う気もなかった。

 

「いや、大人ではないと思うよ。高校生から中身は変わってないし」

「高校時代の叶芽さんも見てみたかったな」

「高校時代の俺なんか見てもつまんないと思うよ?」

「きっと可愛いかっただろうな、って思います」

「可愛いと言われても喜べないよ」

「すみません」


「別に謝るようなことでもないよ。ていうか、理玖くんは思ったことをなんでも口にしすぎじゃない? 可愛いとか……相手が女の子だったら勘違いされそう」

「叶芽さんが話しやすいから、つい口が滑るんです」

「え? 俺のせい?」

「――あ、叶芽さん危ない!」

「え?」


 喋りながらふらふらと歩道から車道に落ちかけた叶芽を理玖が抱きとめる。


 叶芽が目を白黒させる中、何台もの車が背中を通り過ぎた。


「ありがと……って、もう大丈夫だから」 

「……」

「おーい! 理玖くん、聞こえてる?」

「……す、すみません」


 慌てて叶芽を放した理玖は、罰が悪そうに頭を掻いた。


「理玖くんはいいやつだなぁ」

「……そんなことないですよ」

「俺の高校時代って、もっと自分本位だったよ」

「俺も……自分のことしか考えてませんから」

「そう? こんな風に他人を助ける余裕があるって、すごいことだと思うよ」


(そういえば冬真もよく気が付くよな)


「じゃあ、そろそろ行こうか」

「あの、叶芽さん」

「何?」

「また会ってくれますか?」

「もちろん! 俺で良ければなんでも相談に乗るよ」




 ***




「叶芽」

「お、冬真。久しぶり」


 休みが明けて大学内の並木道で会うなり、冬真は怖い顔で叶芽に話しかけてくる。


 嫌な予感がする叶芽だが──予感は的中して冬真は責めるように告げる。

 

「昨日、隣町のほうで叶芽を見かけたけど」

「あ……ああ、昨日か。理玖くんに呼びだされてお茶してたんだ」

「あいつと何喋ってたの?」

「普通に大学のこととかだけど? どうかしたの?」

「……浮気するなよ」

「ちょっと、こんなところでそういうこと言うなよ」

「なんで?」

「俺が嫌なの!」

「俺は叶芽があいつと一緒にいるほうが嫌だ」

「何を言ってるんだか」


「……そういえば、いつもカバンにつけてたお守りがないね」

「ああ、それなら理玖くんにあげたから」

「どうして?」

「どうしてって、ああいうのは受験生にあげたほうがいいだろ?」

「俺にはくれなくて、あいつにはあげるんだ?」

「いや、冬真にあげてどうするんだよ」

「こっちきて」

「なんだよ」


 大学内の空き部屋に連れていかれた叶芽は、部屋に入るなり冬真に唇を塞がれた。

 

 後ろ手でガチャリとドアの鍵を閉めた冬真は、口づけたまま叶芽を壁に追い詰める。


「……ん」

「お仕置きだからね」

「我慢の約束は?」

「これはノーカン」

「ノーカンって……んんっ」

「……あいつと遊びに行ったら、またお仕置きするからね」

「何がお仕置きだよ。友達とお茶したくらいで……心狭すぎない?」

「叶芽は鈍感だからね」

「何を言ってるんだか」




 それから叶芽は、理玖と会っても冬真には報告しなかった。


 理玖と会うたびに嫉妬されても困るので、言わないほうがお互いのためだと思っていた。


 そんなある日のこと……


 理玖とカフェでお茶をした帰り道、いつものようにバス停に向かって道路橋どうろきょうを渡っていた叶芽に、理玖はかしこまって言った。


「叶芽さん、あの」

「どうした?」

「これ、受け取ってもらえませんか?」

「なにこれ、箱?」

「お守りのお礼です」

「まだ合格したわけじゃないのに、もらえないよ」

「気持ちですから」


 理玖に押し切られて、叶芽はプレゼントを開けてみる。


 中には、シンプルなブレスレットが入っていた。


「え? ちょっとこれ……もらえないよ」

「受け取ってください。いつもお世話になってるし」

「いやいや、ただ遊んでるだけなのに」

「そんな高価なものじゃないんで、受け取ってほしいです」


 お願いされて、叶芽は腕につけてみる。


「おお、カッコいい」

「叶芽さんに似合うと思ってました」

「ありがとうな」




 ***




「叶芽、それ何?」


 理玖と会った翌日、やたら目ざとい冬真が、叶芽のブレスレットに気づいた。


 叶芽はなんとなく気まずい気持ちで笑う。


「ああこれ、カッコいいだろ? 買ったんだ」

「叶芽ってアクセサリーとかあまりつけないよね?」

「俺だってたまにはつけるし」

「じゃあさ、俺も同じやつ買っていい?」

「え」

「それどこで買ったの?」


「いや……これは……その」

「どうしたの?」

「実は最後のひとつだったから、もう売ってないんだよ」

「……ふうん」


 疑わしい眼を向けられても、叶芽はそれ以上言い訳が見つからなかった。


 そしてようやく冬真の機嫌が治った頃には、夕方になっていたのだが……。


「あ、いた! 叶芽さん」

「え? 理玖、どうして大学に?」

「調べたいものがあったので、図書館に来てました」

「そ、そっか」


 図書館の前で理玖に会った瞬間から、機嫌を悪くする冬真に、冷や冷やする叶芽だが──理玖は人見知りとは思えない笑顔で、話しかけてくる。


「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない」

「あ、俺があげたブレスレット、つけてくれてるんですね。嬉しいな」

「……あ、ああ……せっかくもらったし」

「もらった?」

「と、冬真?」

「ちょっと来て叶芽」

「ご、ごめん、理玖。また今度!」

「え? 叶芽さん?」

「冬真!」

「……」


 冬真に腕を引かれて連れていかれたのは、またもや大学内の空き部屋だった。

 

 叶芽は気まずさいっぱいながらも、悪いことはしていないと何度も口の中で繰り返した。

 

 だが、冬真の圧は普通ではなく、壁に追い詰められた叶芽は冬真の目を見ることができなかった。


「なんでそれ、買ったって嘘ついたの?」

「……冬真がそうやってキレると思ったから」

「そうやってブレスレットもらってへらへらして、あいつのことが好きなの?」

「何言ってるんだよ。理玖はただの友達で……」

「油断してたら、捕まるよ。俺の時みたいに」


「そんなわけないだろ! 冬真みたいなやつがそういるかよ」

「叶芽はわかってないよ」

「……ちょっと、やめろよ……って」


 叶芽のデニムパンツのジッパーに手をかける冬真をなんとか止めようとするもの、冬真の手はビクともしなかった。


「それともお仕置きされたいから、わざと嘘ついたの?」

「そんなわけあるか! おい、やめ……」


 その時、ふいにドアの向こうでガタガタと音がして、叶芽は青ざめる。


 あきらかな人の気配に、叶芽は耳を澄まして静止した。

 

「もしかして、外に誰かいる?」

「誰かいたって構わないよ」

「俺は構うよ……んっ」


 しきりに外を気にする叶芽の唇を、冬真は塞ぐが──ドアの向こうに誰かがいると思うと、叶芽は気が気がじゃなかった。

 

「おい、だからやめ……」

「お仕置きだから、やめない」


 青い顔で抵抗する叶芽に対して、冬真は容赦しなかった。




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