第4話 こねて、混ぜて
お顔にぽっかり空いたすべての穴を見開いて、アズライトはぽかんとしていました。小さく散りばめられたラピスラズリのペール・ブルーがふわふわと漂って、アズライトの胴に空いた穴をすぎていきます。そのペール・ブルーは小刻みに震えているけれども、もはや声はなりません。しだいにペール・ブルーのうごめきも止まって、ただのペール・ブルーになってしまいました。
「ラピスラズリ……?」
子どもはみんな同じ声で言葉をこぼします。お返事はありません。みんな茫然として、指先すら動かせません。
すると、頭上からまばゆい光の粒子が降りそそぎました。きゅーいきゅーいと、優しい歌が響きます。蛍クジラさんです。蛍クジラさんが静かな声を落としました。
「子どもたち、落ち着きなさい」
アズライトははっとしてお顔をあげました。
「蛍クジラさん、何か知っているの?」
「ええ、もちろんですよ。アズライトの子ども」
その蛍クジラの目はおだやかに細められています。羽ごろも魚さんたちも糸あめクラゲさんたちも知らなかったのでしょう。あわてた様子で蛍クジラさんを囲み、くちぐちに言います。
「ラピスラズリの子どもが細かくなっちゃった」
「とても痛そうだったよ」
「助けてあげられる?」
蛍クジラさんはまた、きゅーいきゅーいと歌い、みんなをしずめます。羽ごろも魚さんも糸あめクラゲさんも口をつぐみました。青のアクアリウムがしんとした静けさに包まれると、ようやく蛍クジラさんが口を開きました。
「みなさん、悲しまないで。これは春のおとずれの報せ。みなさん、ラピスラズリの子どものかけらを集め、こねてひとつにまとめなさい。その中に、青い花のどれかについた
アズライトが声をこぼします。
「黒い……土……てなに?」
「ここよりうんと昏く、あなたたちよりうんと
蛍クジラさんの言葉に、みんな黙ってうなずくしかありません。やっぱり、いちばんはじめに動いたのはアズライトでした。散らばったラピスラズリのペール・ブルーを集めてはこねてひとつにし、また集めます。他の子どももあわててアズライトに続き、ペール・ブルーを集めます。
羽ごろも魚さんたちは言います。
「僕たちが、ラピスラズリを集めるよ」
糸あめクラゲさんたちも続けます。
「僕たちが集めたラピスラズリを留めるよ」
アズライトはこくり、とかぶりを縦にふると、手の中にあったラピスラズリのペール・ブルーを糸あめクラゲさんに渡します。
「ラピスラズリをおねがいするよ。ぼくたちは、「黒い土」を探してくるよ」
「もちろんだよ、早くみつけてあげよう」
糸あめクラゲさんが応えると、アズライトはまた、すいすいとコバルト・ブルーの中を進み、お花畑の中へと飛び込みました。お花畑のなかにはニゲラやシノグロッサム、リナムやデルフィニウムなどが敷き詰められて、お水の中を漂っています。アズライトたちはそのお花たちをひとつひとつ手にとっては、「黒い土」をもとめます。けれどもどれも青、青、青。みんな形はちがうけれども、コバルト・ブルーなのです。それでもアズライトはあきらめず、大きなふたつ穴をお皿のように開いて探します。すると、右手にひやり、とお花とも自分のペール・ブルーとも違う冷たさがふれました。
「え、なに?」
アズライトはいそいでその冷たさのあるじを探しました。そこは一輪のスコルピオイデスがひっそりとお顔を出していました。それはまるで忘れないで、と囁いているよう。アズライトはなんとなしにスコルピオイデスを手にとってみました。
「これが、「黒い土」……?」
スコルピオイデスのお花の先に、コバルト・ブルーよりも深い、深い色のつぶ。すべての光を吸い込んではなさない、昏さがあります。指で触れると、ぱらぱらと崩れ、きっとこれが黒い土にちがいないという確信がアズライトの中にうまれました。
「みんな、みつけたよ!」
黒い土のついたアズライトはスコルピオイデスのお花をつむと、いそいでラピスラズリのもとへ戻りました。黒い土をこぼさないように気をつけながらも、片手と両足でいっしょうけんめい、お水をかきます。羽ごろも魚さんたちもラピスラズリのペール・ブルーを集め終わったようで、ひとつの小さな球になったペール・ブルーがそこにはありました。
「蛍クジラさん、これが「黒い土」であってる?」
アズライトは握りしめていたスコルピオイデスをかかげて見せます。蛍クジラさんはまた、やわらかく目を細めました。
「ええ、よくやりました。さあ、早く混ぜてこねなさい」
「……うん!」
アズライトはラピスラズリのペール・ブルーのかたまりにスコルピオイデスについた黒い土を混ぜ込みました。粘土のようにこねては丸め、またこねる。そうしているうちに、びくり、とペール・ブルーが脈打ちました。
「さあ、もっとしっかりこねなさい」
蛍クジラさんの声が落とされます。アズライトの横にサファイアとベニトアイト、ラリマーの子どももかけよって、一緒にこねていきます。ペール・ブルーの脈動はいっそう大きくなり――蛍クジラさんの光をいっしんに集めてまばゆく輝き始め、あまりのまぶしさに、アズライトたちはお顔に空いた穴を手で覆いました。
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