オレと話題

 馬車が進む。

 聞こえるのは、車輪の回る音と、馬の足音。

 けど、これらの音を打ち消すような大きな音がもう一つ。


 「こうしてワタシは毒魔法を扱う蜘蛛系魔物の中で最も危険だと言われている、[蠱毒喰]をペットにしたのです。 あ、名前はバックリちゃんです。 口があり得ないほどバックリ開いて何でも食べれちゃうからこんな名前なんです。 ワタシも何度食べられかけたことか・・・・・」


 「・・・・そ、そうなんですね。 そ、壮絶でいらっしゃりますね」


 馬車のキャビンから響く楽しそうなお嬢様の声と、御者台に座るクズルゴの若干引き攣った顔での相槌だ。

 キャビンという壁越しに会話する2人の居る馬車を守るように、同じような見た目をした馬車4台が周囲を取り囲んで並行して進んでいる。

 そして今どこなのかと言うと、日が沈みつつある森の中・・・・・具体的な正式名称で言えば【花吹雪の大森林】だ。


 この状況となった過程は、以下の通りだ・・・・・


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 クズルゴとお嬢様の間で〔契約書〕による契約が交わされた後、先述の二人が会話している途中ずっと口を噤んでいた美青年ことベゴニアが開口した。


 「・・・・お嬢様はいつも自由でいらっしゃいますね。 まさか〔契約書〕まで使うとは思いませんでしたが・・・・・結局その方を護衛として採用するのですね?」


 自らの用意した20名の護衛に勝手にプラスαされたのが納得いかないのか、ベゴニアは少し不機嫌なのが分かる声色で再度お嬢様に確認をとった。 


 「・・・・何度言わせるつもりですか?」


 「最終確認というものです・・・・・まぁ、分かりました。 今回の護衛は21名、その後から来た方はお嬢様の馬車の御者台に座らせる・・・・ですね?」


 「えぇ」


 「・・・・・・・では、確認も済んだという事で護衛の方々用の馬車も呼び寄せます。 皆様、蹴り飛ばされないようにお気おつけください」


 そう言うとベゴニアは右手の中指と親指で輪っかを作り、それを口の中に入れて舌にくっつけた。

 最後に息を吹き、周囲にホイッスルのような音が鳴り響く・・・・・指笛だ。


 その指笛に呼応するように、パカラとおう擬音が似合う足音が大量にこの場に集結する。

 

 それはお嬢様が乗っている馬車と全く同じ装飾、大きさ、引いている2体の馬でさえそっくりな・・・・・完璧なまでにそっくりな外観の馬車が4台もやってきたのだ。


 ちなみに今の位置だと蹴飛ばされそうだったので咄嗟に移動した。


 (な、何だこれは? 護衛の為だけお嬢様と同じタイプの豪華な馬車を追加で4台だと? 装飾に使われてる宝石とかもちゃんとした本物にしか見えねぇ。 護衛用ならもっと安物でもいいだろ、なんで同じグレードの馬車を合計5台も・・・・・あ、もしかしてあれか? 護衛が乗る馬車とお嬢様が乗る馬車の見分けをつかなくさせる為にって事か? 確かに賊とかだったら明らかに他に比べて綺麗な馬車あったら真っ先に狙うな。 ・・・・・ん? オレがお嬢様用馬車の御者台に乗ったら護衛用馬車との見た目の違いが生まれちまうな。 ・・・・・だ、大丈夫だよな?)


 クズルゴが一人で疑問を呈し、一人で納得して、一人で狼狽してる中、護衛の男20名は馬車4台にそれぞれ5名ずつ搭乗していった。

 

 「早く座ってください」

 

 ベゴニアに急かされ、クズルゴはお嬢様の馬車の御者台まで登って座った。


 「・・・・・・ありがとう、ベゴニア。 行ってきます」


 「えぇ、お嬢様。 ・・・・・いってらっしゃいませ」


 お嬢様とベゴニアが軽いやり取りをして馬車を引く馬達が歩き始める。

 ・・・・・どの馬車にも乗らなかったベゴニアを、この場に残して。


 (・・・・・!? え、え? マジ? あの美青年置いていくのか!? あんな側近とか執事とか明らかにお嬢様のお側にいますよムーブかましてた奴が!? この場に残るの!? 一緒に乗ってきて着いてこないの!? お嬢様と一緒なのは来る時だけって事か!? じゃあ結局なんだよアイツ!! どういうポジションなんだよ!?)

 

 勝手ながらもベゴニアもこの護衛に同行するものだと思っていたクズルゴは少しばかり驚愕した。

 どうやら本当にお嬢様がこの場に来るまでしか付いてこないらしい。

 外部で雇った護衛に全部任せてもいいのだろうか?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 そんなこんなで、現在クズルゴは目的地も知らされないままお嬢様の馬車に乗せられている。


 その間、お嬢様はずっとクズルゴに話しかけていた。

 多量の報酬と証明書を発行して貰いたい一心のクズルゴは、無碍にする事が出来ず愛想良く礼儀正しくお喋りに付き合う他ない。


 「そこでワタシは別の人には聴かれぬようこっそりと耳に囁いたのです。 『そこまで言うならバックリちゃんをけしかけますよ』と・・・・・ そうすると、先程から保身の為に言い訳を並べ立てていた相手は自らの罪をアッサリと認めました。 それはもう、アッサリと・・・・」


 「それって脅はk・・・・・・いや、なんでもないです。 い、いざという時に大胆な手を使えるのは度胸がある証ですね!」


 ただお嬢様の話は時たま闇が深かった。


 「・・・・ふふ、こんな風に他愛もないお喋りするのは久しぶりです。 アナタと巡り会えてよかった」


 「こ、こちらこそ巡り合いに感謝です(話が止まねぇ〜。 口も止まんねぇ〜。 喉乾く〜)」


 「そういえば、ずっとワタシが話してましたね。 アナタも何か話題があれば話してもいいのですよ?」


 「そ、そうですか? それなら(心象を良くするためにも向こうの提案に乗った方がいいな。 とりあえず無難な話題は・・・・・あ、そうだ!)最近、新しいお友達脅迫相手が出来たんですよ!」


 「へぇ! お友達ですか!」


 「はい! 落とし物を拾ったのが出会いのキッカケでして、その人が借りていた宿部屋にお邪魔不法侵入させて貰って互いの秘密や過去を共有したりかなり不本意だがして・・・・最後にはとある約束口止め契約なんかしたりして、最後はとても親密な友達脅迫相手になりました」

 

 「とても素敵ですね!」

 

 ものはいいようである。


 (・・・・・既に馬車の出発から体感一時間。 結局馬車の行き先はどこだ? 依頼書にも記載されてなかったし、お嬢様も美青年も言及しねぇし・・・・これって普通に聞いてもいいのか? 質問しただけで不機嫌になったりしねぇよな?)


 そしてクズルゴは依頼主であるお嬢様相手にも少し警戒していた。

 美青年が自分を追い返そうとした時に味方してくれたが、姿は見せないしなんか話が所々不穏だったりと・・・・・とにかくどことなく変な感じがするのだ。

 故に、騙し騙されの事をよく考えるクズルゴは思わず警戒してしまう。


特に最近クロイとかいう男に話を誘導され冒険者登録の詐称を自白させられた事も相まり、より一層疑り深くなった。


 (それにこの馬達はどうやって正しいルートを認識して進んでいるんだ? お嬢様が特に何も言ってない事からして、目的地まで問題なく進んでいる事は分かるが・・・・馬だけの判断でそんな正確にルートを辿れるのか? 御者もいないのに?)


 不可解な要素を抱えたまま、クズルゴ達を乗せた馬車は変わりなく進んでいく・・・・・


 (目的地と馬を御しているもの。 これらを聞いてもいいのか? 偶然かどうかは知らねぇけど、これらの話には頑なに触れないから聞いていいものかどうか分かんねぇ!!)


 そしてクズルゴは深読みのせいで気になる事を聞くにも聞けず、悶々とした疑念を深めていく・・・・・








ーーーーーーPast logーーーーーーー


 【とある里の長の息子と、その許嫁の会話】


 「ねぇ、シレイ」


 「なんだ?」


 「ワタシの父がね、魔人を里に連れてきたのよ」


 「今里はその話題で持ちきりだからな。 知ってるよ」


 「里が外の者を招くだなんて、初めてじゃない?」


 「あぁ。 里側が一方的に外を調査する事はあるが、ここまであからさまに外の人と接点を持つのは初めてだ。 だからこそオマエの父親の意図が読めない、何がしたいんだ?」


 「さぁ? 本人は行き倒れている所を発見して拾ってきたとの話よ」


 「ふぅん」


 「その娘とワタシも直接話してみたんだけど・・・・すっごく可愛かったわ。 常にオドオドしてて臆病なんだけど、そこがまた可愛いの!」


 「へぇ、そりゃ良かったな」


 「えぇ! あ、その上ね・・・・・ほら、魔人って異形らしいじゃない」


 「あぁ。 魔人ごとによって異なるが、魔物を連想させる部分がどこかにあるらしいな」


 「あの娘ね、ベビィスライムの魔人らしくて・・・・・ラシィっていうんだけど。 その娘は異形部分でさえキュートなのよ!」


 「ふーーーーん。 どんなだ?」


 「それはね、頭に可愛らしい触角が2本生えてるのよ!」

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