第67話 教えは今を生きている

 とある時間、とある場所で、とある2人が会話をしていた。

 片方は大人の女性、もう片方は子供の男性だ。


 女性が、男性に語りかけている。


 『我が愛しき息子、クロイよ。 私が今から言うのは私なりの、冒険者としての信念だ。 これでも昔は凄い冒険者だった私の信念だからな、お前にも大事にしてほしい』


 『了解だ』


 『まずは、“差別はやめよう”だ! 魔人差別とかそういうのは私は嫌いだ! 魔人だろうが奴隷だろうが私にとっちゃ皆同じ人間という生き物だしな! ただし、何でも平等に接しろって意味じゃあ無い。 区別はしていい。 恋人とか出来たら当然優先していいし、逆に馬が合わない人とは連絡を消極的にしてもいい。 つまり“差別はせず、区別はしろ”って事だな』


 『成程だ』


 男性は女性の言葉を聞き、頷いた。

 女性はその頷きを見て、微笑み、話しを再会した。


 『次に、“やられたらやり返せ”だ! やられた状態でやり返さないと舐められてしまう! 舐められると、色々面倒くさくなってしまうんだ。 でも、やり返す方法は上手く選ぶんだ。 殴られたから同じく殴り返すんじゃ無くて、他の方法で仕返ししてみろ。 上手い具合に相手を抑えこめる様に出来る方法がベストだな。 ちなみにやり返しは害を与えられた場合だけじゃ無い。 “嬉しいことをやられたら相手に嬉しいことをやり返す”。 このやり返しも大切だ』


 『理解だ』


 再度頷く男性の言葉を聞き、女性の頬がだらけきった。

 その顔のまま、女性は話を続ける。


 『流石、クロイは呑み込みが早いなぁ! 最後は・・・・“命大事にしろ”、だ! クロイが死んだら私も鬱になって死んでしまうから、絶対に死ぬなよ! 本当に! 私が悲しみのあまり首くくって死んじゃうから! いや、その前に息子の訃報聞いた時点でショック死してしまう!!』


 『それは嫌だ』


 打って変わって必死な形相になり、女性は男性の肩を掴み揺らしながら力説する。

 しばらく男性を激しく揺さぶった後、女性は手を止めて・・・・今度はボソボソと口ずさむ。

 

 『でも・・・この“命大事にしろ”は他人にも適用される。 もし、もしもだ。 自分が感服し感動し、感激し、感嘆した人のために、そんな、仲間のために、大事な人のために!! ・・・・・例え危険だろうが、その人の為に行動を起こしたいと思ったら。 ・・・・その時だけは、命を賭けてもいいかもしれない。 自分の命惜しさに、何もせず、見殺しにして、後悔に苛まれる人生。 そうなるよりは、よっぽどいい』


 『母・・・・・』


 自分の嘘偽りない信念、それを伝える女性の言葉は何処か弱々しかった。

 しかし、次に出た言葉はこの会話の中で一番大きな声量となった。


 『ただし!! 命賭けて命懸けで行動する時はしっかり考えてからだぞ!! 無謀で馬鹿な事しないでくれよクロイ!?』


 『・・・・・命、かぁ』


 『・・・・他人にも適用される、とは言ったが。 自分と無関係の人の為に命を投げ出したりしないでくれよ。 相手より自分の命の方が無価値とか無いんだから、本当に賭ける時だけ命賭けるんだぞ? あと死んだ人の為にとかもお勧めしないぞ。 言っちゃ悪いけど死んで命を失ってしまった人より、今を生きるクロイの命の方が絶対に大切だ』


 『分かったよ』


 『いいねぇ! 愛息よ。 この三つの信念・・・・可能な限りでいいから、守ってほしい』


 『・・・・デバフしか使えない俺に、仕返しとか命懸けとかの行動する機会が来るとは思えないんだけど』


 『だぁかぁらぁ!! 前も言ったけど、どんな魔法も必ず役に立つ! だって・・・・・』


 『それ何回も聞いてるから! 毎回言わなくとも覚えてるよ!』


 『は、反抗期!?』


 『反抗期って言われる程反抗したかな俺ぇ!?』


 先程までの真剣な会話風景はどこへやら。

 張り詰めた空気は消失し、二人の会話は大切なものの伝授から、日常の何気ないお喋りへと移り変わっていく。

 

 ・・・・・・・・


 そして、それと同時に。

 この想起した記憶の世界も、霧散していった。


 ーーーーーーここで俺は、現実世界へ頭を切り替えたのだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 俺が今思い返していたのは、母とのとある時点での会話の記憶。

 『命大事にしろ』・・・・【贋金まみれ洞窟】のダンジョンから撤退しようとしたのは、当然俺自身の考えもそうだが、この母の教えも大きいだろう。

 

 多分先生は死んでるだろ、そう思っていた。

 だってもう5日も経過してるんだろ?

 死人には命を賭けない・・・・だから、何か大きな危険がある前に早く帰ろうとした。


 でも。


 先生は生きていたし・・・・先生の、病気の子を救うための行動は母の教えと重なった。


 だからこの素晴らしい先生のために命を懸けよう、スフィンクスネークもどきの化け物を退治してやろう!


 この場で退治して毒を消して、危険な奴がいなくなった後で5人でダンジョン内のどこかにある等粒状金魔石をくまなく探すのが一番早く、子供の病気を治す最短距離だ。


 でも・・・・命懸けでも、死ぬ気は無い。


 こちらの手札、相手の性質、この状況・・・・・使えるものは全て、使用して、利用して、活用して、応用して、作戦を立てるのだ!!

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