第9話 さらなる同行者

「え、どうして?」

「このまま、彼女をここへ放っては行けないだろ。魔法使いとは言っても、結界がどこにあるかはすぐにわからないだろうしね」

「ん……それはそうだけど」

 リスタルドの言うことはわかる。

 結界が見付かれば外へ出るのは難しくないが、人間が見付けるのは難しい。延々と結界内を歩き回るはめにもなりかねない。

 だから、入ったらなかなか戻れず、戻れないから神隠しの山なのだ。

 テーズがどういう事情でここにいるかはともかく、放っておいては彼女もおおいに困るはず。

「さっき、事情があってここにいるって話してたわね?」

「え? うん。おじいさんの所へ行かないといけないんだ」

「どうやら私を送って行かなきゃいけない、みたいな話になってるようだけど……あなたの用事が終わってからでも構わないわよ。私は急いでないから」

「……どうしてみんな、遅くなっても誰も心配しないの?」

「え?」

 リスタルドの質問と言うよりつぶやきに、テーズが聞き返す。

「あのね、あたしも急いでないからってクチなの」

 代わりにリーベルが答える。

「テーズ、本当に急いでないの? リスタルドはちょっと時間がかかるかもって言ってるの。あたしは家にこういう事情だからってことを伝えてもらってるけど……テーズは平気なの?」

「ええ。私は……私、実は旅に出たところなのよ。魔法の腕をもっと磨こうと思ってね。だから、今日中に山を下りなきゃいけないってことはないわ。この辺りを散策していてもいいし、そちらさえ問題がなければ一緒に行くって手もあるわね」

「んー……だんだんと大所帯になっていくような」

 リスタルドだけで行くはずが、リーベルが加わり、さらにテーズまで。

 この分だとロークォーの居場所へたどり着く頃には、一体どれだけの団体になっているのやら。

「いいじゃない、リスタルド。みんなで行く方が、道中は楽しいわよ」

 リーベルにすれば、このまま進み続けられる、という部分が重要だった。

 あたし、自分でもおかしいくらい、リスタルドと一緒にいたがってるみたい。どうしてなのかしら。そばにいておしゃべりしたいから? だけど、それならルマリの山で、もっとゆっくりした時にすればいいのに。なぜか、一緒にそのおじいさんの所へ行かなきゃって気になってる。

 自分の気持ちがよくわからないリーベルだったが、テーズが一緒に行くと言ってくれたおかげで、山を下りずに済んだことがありがたかった。

 リスタルドもリーベルに「いいじゃない」と言われ、もう反論する気もないらしい。リーベルが同行してもよくてテーズが駄目、という理由もないからだ。

 こうして竜の少年は人間の女性二人を連れ、さらに奥へ向かうことになった。

 来たのがぼくだけじゃないって知ったら、おじいさん、何て言うかなぁ……。

☆☆☆

「飛べない……?」

 歩いている間、リーベルは大まかに自分達のことを話していたのだが、テーズが引っ掛かったのはリスタルドが飛べない、という部分だった。

 人間にとって竜ははるか彼方の存在とも言えるから、たとえそれが子どもであっても全てのことができる、と思い込んでいるのだ。

 なので、彼が飛べないと知ると、テーズはとてもいぶかしげな表情になった。そんなことが本当にありえるのか、と言いたげな。

「古い魔法書には、竜は大空を舞ってどうこうって記述があるけど……」

「うん、それは間違ってないよ。ぼくが飛べないってだけのことだから。だけど、これでも以前に比べたら、かなり浮くようにはなったんだよ」

「リスタルド、浮くのと飛ぶのは別じゃないの?」

「えーと……まぁ、滞空時間が延びたってことだよ」

 リーベルに突っ込まれ、苦笑しながらリスタルドは肩をすくめた。

「でも、そんな竜が本当に……?」

 彼が空から落ちる場面を見たことがないテーズは、まだ半信半疑だ。

「小さい頃の記憶って、ずっと巣で寝込んでた時のことがほとんどなんだ。飛ぶ練習を始めたのはここ三年ちょっとくらいかな。だけど、魔力が十分に扱えないのと、始める年が遅すぎたのとで、なかなかうまくいかないんだ。あ、でもそういうのは、ぼくくらいだからね。他の竜は……母さんも父さんも、兄さんや姉さんやいとこ達もちゃんと飛べるから」

 一応、竜一族のフォローをしているつもりらしい。

「ブラドラの街でも、魔法使い達はルマリの竜には興味を抱いているわ。ラカの魔法使いとは交流があるようだけど、果たして自分達も押しかけていいものだろうかって及び腰なのよ」

「どうして? 来たかったら来ればいいのに。たぶん、母さんは来るな、なんて言わないと思うよ」

「今の言葉をおさ達が聞けば、大喜びで行くでしょうけどね。人間が入れ替わり立ち替わり訪れて、また竜が姿を隠してしまわないかって不安なのよ。竜は人間にとっては太古の知恵と魔力のかたまりだから、それを失いたくないって」

「あ、それってラカの街でも、最初は似たようなものだったのよ」

 ラカの街の魔法使い達がカルーサやリスタルドの存在を知り、交流を持つようになっても、一年近くはその存在を魔法使い以外の人間に知らせることは避けた。

 テーズが話したように、物見遊山ものみゆさんの人間が竜の所へ押しかけ、それをうとんだ竜がまた姿を隠してしまうことを危惧したのだ。

 もちろん、その間はリーベルにも黙っているように、とジェダは強く言い聞かせていた。リーベルには細かい事情が理解しきれないでいたが、別にリスタルドと会うなと言われている訳ではないので、他人にリスタルドのことを話したりはしなかった。

 時間が経つにつれ、カルーサ達が本当に気さくで人間嫌いな訳ではないとわかってからも、魔法使い達はあえて周囲に知らせるようなことはしていない。どこにでも情報通と言おうか耳さとい者はいて、次第に人々に竜の存在が知れ渡るようになったが……。

 それでも、確かな情報のようだが自分の目で見るにはあまりにも大きな存在のためと、竜の居場所が遠すぎるために会うことができず、知ってはいるがよく知らない、というのが一般の人達の現状だ。

 他の街の魔法使い達も、これと似たような状態なのだろう。

「案外、ずっと遠くの街でも、同じようなことが起きてるのかも。竜がいるのは知ってるけど、騒いでいなくなったら困るから、ずっと黙ってるって所があるのかもね」

 人間は似たようなことを考えるから、そういうことも十分にありえそうだ。

「ふぅん……ぼく達、すぐに隠れると思われていたんだね」

 竜がそんな簡単に消えてしまうと思われていたことが、リスタルドにとっては不思議でならない。

 少なくとも、リスタルドは生まれてからずっとあの山にいたのだから。しょっちゅう引っ越しをする、とでも思われているのだろうか。

「人間って、みんなそんなに心配性なものなの?」

「だって、リスタルド。人間が最後に竜を見たのって、何百年も前ってことになってるのよ。実際はもっとかも。あたし達の前に現れたからって、ずっと近くにいるとは限らないって思う人は多いわ」

「その最後の竜っていうのが誰なのかは知らないけれど……母さんに関して言えば、たぶん子育てに専念してたとかだと思うよ」

 リスタルドの言葉を聞いて、二人の目が丸くなる。

「子育てって、リスタルドのお兄さんやお姉さんの時ってこと?」

「うん。ほら、小さい子の世話をしていたら、ばたばたするだろ。まぁ、竜はそこまではならないけれど。兄さんや姉さんの時は、ぼくみたいに手がかかることはなかったはずだけれど、それなりに大変だったろうしね。だから、ふもとへ行くのが面倒になったっていうのも、あるんじゃないかなぁ。それと、ぼくが生まれる前は、時々父さんとよそへ旅行してたってことも聞いてるし」

「り、旅行っ? カルーサが?」

「そりゃ、たまにはよその土地を見たいっていうのがあるしさ。あ、でもそれが長期になると、竜はいないんだって思われても仕方ないかなぁ。で、ぼくが生まれてからは、ぼくに付きっきりだったから」

 そんな話を聞いてると、竜も人間の生活とあまり変わらないように思える。

 ただ、それらにかかる年月がいちいち長い、というだけで。

 ちなみに、リスタルドの兄や姉とはウン十年の年の差があるらしい。

「ルマリの山へ来るなら、来たらいいよ。ただ、ぼく達がいる所はかなり高いけれどね」

 ルマリの山は高い。その頂上付近にリスタルド達は棲んでいる。普通の人間にはまず行けないような場所だ。

 命がけの行程になるし、空気も薄くて登るのは困難。魔法使いでも、山頂へ向かうにはかなりの体力を使う。

 竜がいることに気付かなかったのは、地上にいても仕事が山とあるのに、体力の限界に挑戦しながらルマリの山を調べようと考える、酔狂な魔法使いが過去にいなかったからだ。

「竜が山のふもとに棲んでる、とは思ってないわ。だけど……あなたはどうなの? 彼とはずいぶん親しいようだけど、会う時はまさかその山を自力で登って行く訳?」

「ううん、あたしはプレナに迎えに来てもらうの」

 リーベルが来たらしい、というのはカルーサにすぐわかる。

 本当ならリスタルドに行かせたいところだが、結局彼と一緒に山を登る羽目になるのは目に見えているので……と言うか、その日のうちに着くことすらできない。なので、プレナが迎えに来てくれるのだ。

 彼女がリーベルを乗せ、竜達の待つ場所までひとっ飛び、という訳である。

「プレナ? あなたのお姉さん?」

「あ、違うよ。プレナは、ぼく達の身の回りの世話をしてくれているんだ。姉さん的な部分はあるけれどね」

「それじゃ、ラカの魔法使い達は、そうやって竜に迎えに来てもらってるの?」

「ううん、リーベルだけ」

 魔法使い達は自分の魔法を使ったり、魔獣の力を借りるなどして、竜のいる場所を目指すのだ。

「彼女は魔法使いじゃないんでしょ。どうしてそんなに特別扱いなの」

「母さんがリーベルを気に入ってるからね。ものすごーく話が合うみたいで……」

 知らない所で自分に対する教育論が熱く語られていた、という話を思い出したリスタルドは、ちょっと遠い目。

「ねぇ、テーズは魔法の腕を上げるために、旅に出たんでしょ。最初はどこへ行くつもりだったの?」

「え……あ、別に決めてなかったわ。足が向くままってところね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る