第78話 空挺侵攻

 補給基地アントニオではグートシュタインとレッケブッシュから選び抜かれた精鋭が10機のヘラクレス輸送機に乗り込み離陸の時を待っている、

 ベンチシートの最上位の席にはカンナビヒ伯爵夫人のクラリッサ、子持ちの夫人ではあるが、凛々しくも美しい顔は戦乙女を思い浮かべる、

“ガック”と言う音と共にゆっくりと動き始めたヘラクレス、

「さぁ、いよいよだぞ!」

「我々は第一波の第一悌団ですからね」

「しかし5機ずつとは面白くないな、10機いっぺんに降りたら羊共が腰を抜かすぞ」

「クラリッサ様、牽引機のヴィアベルが不足しております」

「わかっておる」

 興奮が抑えきれないクラリッサ夫人を乗せてヘラクレス輸送機は暗闇の中に飛び立った。


 ◇


 高度を得て水平飛行に移ると”ガクリ“と機体が重くなった様な感じを受ける、牽引機ヴィアベルとの索を外したのであろう、

 上空に上がったヘラクレス輸送機、機体後方から聞こえるプロペラの音と機体が風を切る音しか聞こえてこない、異様な空間だ、そんな中クラリッサが立ちあがる、

「皆の者、今からこの機体は低地羊人の国アレマンの首都ヘルマーナに向かう!」

“当然だよ”と言う表情もいれば“エッ?”と驚きの表情もいる、今までは国境沿いに降りるとしつこく言って来たから末端の兵士には本当の作戦など見当もつかないかもしれないが、


「どうしたティモ?ビビっているのか」

「はい、チビリそうです」

 緊張感に包まれた機内が一瞬で笑いに包まれる、

 封緘命令書が各隊に配られているから、今頃は他の機体でも同じ様なやり取りをしているかもしれない。


 一段高い位置にあるパイロット席に向かうクラリッサ、

「もう高度は充分にとれたのか?」

「はい、後続の機体も全て牽引機と分離した様です」

「しかしよく暗闇で迷わぬものだな」

「方位磁石がありますから」

 狐人族のパイロット、ルボミーラが言う、本当は磁石なんて殆ど見ていないのだけど、説明したところで人間には理解できない感覚だからね、

 これ以上航法の事を突かれると面倒だ、水平儀の話でもしておこう、


「クラリッサ様、こちらの計器が何だかおわかりですか?」

「なんだ、方位磁石とは違うな」

「これは機体の水平を見る為の計器でございます、こう言った暗闇を飛んでおりますと水平が分からなる事が多々ありますので、自身の感覚に頼る事無く常に計器を見ながら飛ぶようにいたしております」


 空間失調障害、通称ヴァーティゴ、暗闇や濃い雲の中を飛んでいると水平感覚を無くしあっさりと墜落してしまう、予防法はただ一つ、自分の感覚を信じないで計器のみを頼る、


 すっかりコックピットが気に入ったクラリッサ、補助シートに座って流れる暗闇を楽しんでいたが、遠くの方に星が見えた、

「ルボミーラよ、ずいぶん低いところに星があるな、ほぼ真正面だ見えるか?」

「はい、見えておりますよ、方位磁石も水平儀も正しかった様ですね」

 ついでに言うと狐人族の超感覚もだ、


 緑色の星に見えたのはランウェイの標識灯、いまや二列だと言う事が確認出来るくらいまで近づいている、

「左旋回をします、ご注意ください」

 ヘラクレス輸送機もランウェイ上空でローリングコンバットピッチ、機体の運動性能の関係で旋回半径はずいぶん大きいが、やっている事は同じ、


 副操縦士がクラリッサに話しかける、

「クラリッサ様、今当機は高度を下げておりますよね」

「その様だな」

「ですが水平儀を見てみてください、機首は水平飛行の時よりも上を向いておりますよ」

「それは何となく感じていたが、降りる時には下を向くのではないのか?」

「下を向いた時は落ちる時ですよ」

「機速が遅くなればなるほど迎え角を大きく取らなければならないですし」

「そうそう、旋回すると高度が下がって……」

“ギュンッ”と言う衝撃で話が中断された、雑談の合間に夜間着陸をこなしたベテランパイロット。




 10機のヘラクレス輸送機は5機ずつの編隊で時間差離陸、そのままとんぼ返りして第二波となる、のべ20機、日の出までに700人の兵士が揃う計算だ。

 地上に降りれば兵士は本領を発揮できる、高地羊人に先導された偵察隊を派遣。


 ◇


 魔力を使いきって気を失ったわたし、目が覚めた時には第一波の第二悌団の5機が降りたところだった、

 深夜とは思えない喧噪を見守っているのはクラリッサ・カンナビヒ、

「これで350人の兵が揃いましたね、クラリッサ様」

「おお、ニコレッタ、目を覚ましたか、そなたの造った滑走路は快適だったぞ、いつ地上に降りたのか分からなかったくらいだ」

「ところで最初に降りた第一悌団の兵はどちらに」

「数隊に分け偵察に派遣した、残りは滑走路の警備だ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る