第71話 戦争大好き

 指揮官とか幹部とか呼ばれる人達は馬で移動する、そんな訳で貴族学校では乗馬は必須科目、5年生ともなれば四本の蹄を自分の脚と同じ位に自由に動かし歩き回る、


 今のわたしは偵察任務、この演習場には要所要所に馬防柵が打ち込まれている、1メートル程の丸太がランダムに打ち込まれているだけなのだが、神経質な馬を通すにはそれなりの技量が必要だ、

「お待たせしましたニコレッタ様」

 アンジェリカが慣れない障害を苦労して抜けて来た、先行していたわたしとヘンリエッタにやっと追いつく、


「この先に水場がありました、そこで休憩いたしましょう」

 演習場の所々に馬用の水場が整備されている、人工の自然な環境でわたし達は馬を休ませる、


 ◇



「わたし尾根の向こうを見て来ますね」

 ヘンリエッタが歩いて行ってしまった、わたしに気を効かせたのだろうか?

「あの、ニコレッタ様」

 アンジェリカが囁く様な声でわたしにい言う、

「何かしら?アンジェリカさん」

「ディートハルト様の件申し訳ございませんでした」


「アンジー、あなたは謝らなければならない様な事はしていないわ、それにディートハルトに誘われたら断れないでしょ」

 これは事実だ、下級貴族の娘が公爵の息子から誘われて断ったりしたら公爵のメンツが丸つぶれ、親にまで迷惑が及ぶよ、

「ですがニコレッタ様のエスコート役はどうなってしまうのでしょう?」


 演舞会のパートナー選び、若い男女が好き勝手に選んでいる様な部分があるが、貴族社会なので家のしがらみや家格に縛られている部分も多々ある、

 今までは私はディートハルトと言う兄弟のパートナーがいたが、彼がアンジェリカを選んだ事で遊離分子になってしまったわたしだ、


「……エンケルス大公のご子息はクリスタラー侯爵のモーガナ様をお選びになるはずです、そうなると高位の貴族は、コリント侯爵家のピスティオ様か、王族のフォビア様しか残っておりません」


 はぁ~、アンジェリカすごいね、男女の組み合わせが全部頭に入っているよ、あれ?フォビアって、

「ねぇ、アンジー、フォビア様って3年生じゃなかった?」

「演舞会では学年を越えたパートナーも普通にありますよ」

 得意気に言うアンジェリカ、こう言う所を見た限りでは良い子だね、腹に一物ある様な雰囲気には見えない。


 姦しい噂話は息を切らせたヘンリエッタに遮られた、

「丘の向こうに敵の工兵がいます!」

「規模は?」

「一個小隊程度、それとは別に護衛とおぼしき歩兵が同数」

「ヘンリエッタはここに残って敵の動向を見極めて、わたしとアンジェリカは報告に戻ります!」

『はい!』

「アンジーは来た道をそのまま引き返しなさい、わたしは林の西側を通ります」

 偵察隊の任務は確実に情報を届ける事、わざわざ違うルートを通るのはリスクヘッジを考えての事だよ。



 ◇◇



 夏学級のメインのイベントとも言うべき野外訓練が終わり校舎に帰って来たわたしたち、

 騎士科の学科長シュテファンさんがわたしに訊く、

「今年の野外訓練はいかがでしたかな?最後の大機動演習では巧みに騎兵を運用したと噂が届いておりますが」

「そうですか、でしたら騎兵達を褒めてあげなければいけませんね、あんな無茶な回り込み作戦に追従して来てくれたのですから」

「その回り込み作戦を立案された事が凄いのですよ、どうですかな航空戦力を使った回り込み作戦はありますかな?」



 わたしの父グートシュタイン公爵が中心となって進めている第二次羊人国侵攻作戦、父は何度も王宮に参内して作戦権と戦後の交渉権を獲得した、その代わり使うのは全てオステンブルク領の兵士のみ、

“俺達が勝手にやるから中央は口出しするな”

 と言う意味だよ、

 交渉権で全権を委譲するには随分粘ったようだが、失敗した時はオステンブルクが全ての責任を負う、と言う事で手打ちになった。



 学科長のシュテファンは王宮から命を受けているのだろう、わたしから少しでも情報を引き出そうとしている、

 わたしは地図の前に進むと、オステンブルク一帯を指さす、

「秋、刈取が終わった後、兵を国境沿いに移動させます、ここまでは前回と同じですが、飛空艇で敵の後背地に兵を降ろし滑走路を造り、飛行機で兵を送り込みます」

 わたしは学科長に向き直り、手の平をパンッと叩く、

「前後から敵を挟み、国境沿いの敵兵を一網打尽、後は敵の策源地に向けて進軍するのみ。

 これが“わたし”の考えた作戦ですがいかがでしょうか?」


「飛行場など造る手間を省いて、飛空艇で兵を送り込んだ方が早くないですか?」

「飛空艇では運べる兵の数が少ないですし、往復に時間がかかり過ぎです、短時間に大量輸送したければ飛行機が最適かと」

「滑走路の適地はあるのですか、余りに遠いと連携作戦が出来ませんし、近すぎたら国境の守備兵に叩かれますよ」

「飛空艇で高高度から偵察した結果幾つか候補地が上がっております、あれだけ広い土地です、敵が我が意図に気がついたとしても全ての候補地に兵を置く事は難しいかと」



 ◇◇



 再びフェルナンダと夜の会議を兼ねた近況報告、

「……騎士科の学科長に呼ばれて“わたしの”作戦を話しましたよ」

「学科長と言えばシュテファンですね、確か弟が王宮騎士団に勤めていましたから、今頃兄弟で話をしているかもしれませんね」

「念の為ディートハルトは外してくださいね、まだアンジェリカが何者か見極めがつきません」

「よろしいですわ、その代わりカンナビヒ家のクラリッサ様を引きこんだようです、そのうち、そなたの父上から報告があるでしょう」


 今回の作戦の全貌を知っているのはグートシュタイン公爵とレッケブッシュ伯爵、フェルナンダ、そしてわたしだけだが、そこにクラリッサ様が加わったわけだ、


 クラリッサ様はわたしの義理の姉に当たるお方、今はカンナビヒ家に嫁いだがとんでもなく戦上手だとも聞く。

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