貴族学校編

第39話 学内侍女

 トレイス機の機内、飛行工房のスタッフにはもはや日常とも言うべき場所だが、初めて搭乗する人達にはまさに未知の体験、

 普段は威風堂々とした態度を崩さないハーフェン伯爵の口も半開きだ。

 有能秘書エベリナが客室乗務員のごとく振舞う、

「皆さま只今当機は魔物の森上空を南に向けて飛行中です、左手に見える平原が羊人国アレマンでございます」


 春先の戦役では大軍を動員したにも関わらず、わずかな土地すら奪い取れなかったアレマンを眼下に見下ろす、

「レッケブッシュ伯爵、これがあればアレマンなど簡単に攻めこめるのではないか?」

「落ち付いてくださいハーフェン卿、飛行機は飛行場が無ければ降りられませんし、何より我ら数人で何が出来ると言うのです」


「それもそうだな、あんなに広い飛行場が必要とはな、我が領都の近郊には作れまい」

「ハーフェンの領都は港街ですから致し方ありません、その代わり他国から多くの船が来るではないですか……」




 そんな貴族のやり取りを後部座席から眺めているわたしニコレッタ、

「お話し宜しいでしょうか、ニコレッタ様」

「よろしくてよ、オルドジュシカ」

「飛空艇も素晴らしい発明だと思いましたが、この飛行機は更に上をいきます、まこと素晴らしい乗り物でございます」

「ありがとう存じます、ですがこれはわたし一人が造った物ではありませんよ、飛行工房の皆様方のご協力のおかげです、彼女達に感謝しましょう」



 今度の冬から貴族学校に入学が決まったわたしには学内侍女が付く事になった、

 学内侍女なんておかしな制度だと思うけど、側使え科の実習みたいなものの様だ、誰でも侍女や侍従にして良い訳ではなく、お互いの手の内を明かしても構わない家同士で雇用、被雇用の関係になるそうだ、


 通常はもっと幼い頃から行き来し互いの相性を見るらしいけど、突然現れたわたしにそんな幼馴染みの貴族がいる訳もなく、急遽声をかけたのが、ハーフェン伯爵令嬢のオルドジュシカ、今度の貴族学校では5学年に進級すると言っていたから14歳のお姉さんだね、四女と言っていたから嫁に出されるくらいしか道のない娘だよ。


 もう歳上の人にかしずかれるのも慣れて来たけど、貴族の思考に慣れた訳ではない。

「よろしいでしょうか、ニコレッタ様」

「ユディッタ、何かしら?」

「ニコレッタ様は公爵令嬢でございます、下々の者どもに道を示すのは当然でございます、それが平民達に感謝をするなどと申されては、よろしくないのでは」


 もう一人の学内侍女ユディッタ、エメリヒ子爵家の令嬢、貴族としては下級の部類だけど何故か貴族としての矜持は人一倍強い、



 ◇



 着陸後はハーフェン伯爵とエメリヒ子爵貴族の案内は秘書とレッケブッシュ伯爵に任せてわたしは飛行工房のスタッフと話し込む、

「ニコレッタ様、宿題の大型機を組み立て中です、ご覧になられますか?」

 ロウルデスは社会人経験があるだけあって、物腰が大人だ、


「これが宿題の大型機ですか」

「はい、離陸できるギリギリの大きさにしてみました」

 当惑気味のマヌエラとエリカ、

 そりゃそうだ、わたしの宿題はトレイス機と同じエンジンを搭載して離陸できるギリギリまで機内容積を大きくした機体、

 空荷の状態で離陸出来れば良いと言う条件、

 荷物を積めない輸送機なんて何に使うの? そんな気持ちが伝わってくる、


 トレイス機より一回り大きな機体は高翼式、翼に吊るされたエンジンのプロペラは推進型、機種の下の方にはカナード翼、

 尾翼は通常型、パイロットは並列複座と言うオーソドックスなスタイル、

 あえて言うと主翼の位置が中央よりも後ろ、どうしてなのか彼女達は主翼を後ろに持って行きたがる。



「わたしはニコレッタ様の考えが分かりましたよ」

「あら凄い、教えてくれないかしら?カルロータ」

「この飛行機今は双発ですけど、将来は4発にする予定なのですね、大丈夫です翼の強度は充分に持たせてありますから」

 胸を反らして自慢げなのはカルロータ、彼女は羊獣人戦役で一緒に出征した仲、戦友の様な連帯感がある。


 なるほどそう言う考えも有りだね、だけど魔石不足は深刻、家庭で使う握り拳より少し小さい程度の紫色の魔石はまぁまぁ豊富に有るけど、

 もっと大きな魔石を黄色か最上級の白まで詰め込んだ魔石となると数は限られてくる、


「なるほどカルロータ、良い目の付けどころですね、ですがエンジンが増えると空気抵抗も増えますよ」



 戦闘機にはドロップタンクもしくは増槽と呼ばれる機外取付け用の燃料タンクがある、最初に機外タンクの燃料を使い、接敵したらタンクを落とし身軽になり戦闘機動をするのだが、

 航空自警隊が平時の飛行でドロップタンクを落とす事は有り得ない。


 両翼に2本のドロップタンクを付け飛行すると航続距離が飛躍的に伸びた、4本に増やすと更に遠くまで飛べるかと思いきや、重量増と空気抵抗増で2本の時とあまり変わらない飛行距離だったそうだ。

 航学時代に教官から聞いた逸話だが、飛行機はいかに軽くし空気抵抗を減らすか、その為の技術の結晶ですらある。

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