第9話 おばちゃんと満員電車との闘い

 フルタイムで電車通勤となり、何が一番つらいかと言えば、クソジジイ支店長の言葉の暴力が一番嫌だが、身体的には満員電車に慣れるまでが辛かった。


 家での夫のモラハラ、パワハラその他諸々行動は精神安定の為にスルーはできる。日常に聞こえる騒音と思えばいい。こちらがどうにも改善できないものは、意識を反らすしか身を護るすべがない。


 さて満員電車。

 

 10数年間主婦で満員電車とは関係ない生活を送ってきたおばちゃんが、一番恐れていることだ。主婦時代の時にも、ママ友や近所の奥様同士で、仕事に出る近隣の奥様を蔑んで言う方が必ずいる。生き方、働き方はそれぞれの家庭の事なのだから、よそが余程の非常識でない限りはとやかく言うべきものではないだろうと思うが。

 そういう彼女達が必ず揶揄するのが「満員電車」だった。


「見も知らない人と密接になるあの空間で、なん10分も乗るなんて、わたくしできませんわ」

「人間のすることではありませんわよね」

「あんなのにのってまでお仕事にいかないといけないなんて、本当お可哀そう」


 ・・・。その人間の乗る物でない満員電車の貴方達の旦那さんやお父様等も利用され、お仕事に行き生活の糧を稼いでいることはお忘れなのかしら?それは感謝しないで、同じように卑下するのかしら?

 言葉が喉まででるが、飲みこむ。まあ、私もあの満員電車に乗る勇気は無かったからだ。言いたいことは理解できるが、揶揄したり卑下する事ではない。


 そして自分も朝の満員電車で通勤することになった。

 自転車や徒歩や車で行けるパート先とは訳が違う。もちろんパートの仕事もハードで大変なのは変わりないけど、満員電車は違う。


 結婚前も満員電車に押しつぶされながら通勤していたのだから、できない事はないと、朝のホームに滑り込んで来た既にぱんぱんの満員電車を前にやはり怯む。

 

 でもそんな怯みなど完全無視で、ドアが開き、一部の下車する人の波が途絶えると、背後から無情に機械的に押されて中に押し込まれる。


 凄まじいの一言だ。


 周囲はいろんな衣服の臭い、香水、体臭、朝食べた物の様々な臭いでむわっとする。繊細な人なら吐き気を催すだろう。


 実際、物理的に胃の辺りを押されるように誰かのカバンが当たり痛い。


 どけてよ!


 そう思うが、そのかばんの持ち主は知らん顔で、この混雑の中で携帯電話をいじり、化粧を直している。


 凄まじいの一言だ。


 最初の数日は大柄な男性達に囲まれ圧迫され、息もできない状態で、ひたすら禅問答するかのように目を閉じて目的駅に到着するのを待った。


 △さん他の女性達から、女性専用者があるはずだからそこに行けばいいと教えられ、一番最後の車両でそれを見つけて乗り込んだ。

 だが女性専用に乗り、まだ男女混在の方が双方に配慮をしていることを知る。

 

 女性は女性に遠慮がない。容赦がない。そして女性の目を気にしないので、まるでリビングで我儘放題にする娘達がそこに大量に発生していた。


 メイクボックスを抱えて化粧をするのは可愛い物だった。


 アツアツのカップコーヒーを持ち込んで、案の定ポイント変更の電車の振動で周囲にぶちまけ、阿鼻叫喚怒号の大惨事。


 カップラーメンを食べる(どうやって持ち込んだ?)同じくポイント変更の電車振動で周囲にぶちまけ、阿鼻叫喚の以下同文。 


 車内でカレーパンを食べて周囲に漂い、「窓を開けて!」と、誰かが叫ぶ。

 車内で焼肉弁当を食べて、「窓開けて!!」。

 車内で香水をかけてる人がいて、「窓開けて!」。

 

 シートに座りながら歯を磨く。どこですすぐの?まさか呑み込む?


 凶器に等しい角が硬いバックを振り回し乗り込んできて、マイスペースに立つ女性。


 確信犯でヒールを高々あげて振り下ろして突き進む女性。

 おやじみたいに新聞紙をばさーー!と広げて読む女性。


 女性車両じゃ女性のみではなく、身障者や子供にその付き添いも男女問わず乗れるのだが、小学生の息子と乗り込んだ男性を、いきなり胸を押して「出で行け!ちかん!」と騒ぎ出す女性。

 

 上がる悲鳴。泣き叫ぶ子供。

 駅員に取り押さえられ、引きずり出される女性は叫ぶ。


「私は悪くない!男のくせに乗り込んで来たこいつらが悪い!」


 車内案内でも言っていますよ?きちんと話を聞きましょうね?


 かと思えば、反対に停車した各駅停車から降りて、急行に乗り換えようと来た女性達。


「今押したでしょ!」

「押すかババア!」

「なんですってええええええ!!!」


 朝のホームで茶髪のつかみ合いです。


 皆様朝からお元気でなによりです。


 げっそりしながら男女混合車内より凄まじい阿鼻叫喚の怒号を聞きながら、最後尾の車窓から遠ざかる富士山を眺める日々。


 断崖絶壁のスクラムを組む男女混合車がいいか?

 それとも、そびえたつ絶壁はないが、女の恩讐渦巻く車内がいいのか?

 

 悩む日々。


 でも男性車両でも、問答無用でブルトーザーの様に「押すな!」と叫ぶ声を無視して押す人いるし。

 

 凶器の様に固い(何が入っているんだろう?)大きなリュックを前に掛けてパーソナルスぺースを作り、その上で朝ごはんのパンとアイスコーヒー飲む人。


 そうそう、最近の電車は朝でも夕方でも夜でも、缶ビールや酎ハイを、しゅぱっ!と開けて飲んでいる人が必ずいる。


 電車の荷物置きのポールで、満員電車なのに懸垂していた男性もいました。


 そんな話しを事務所でげんなりして言ったら、▲さんがゲラゲラ笑いながら言う。


「〇さん、そんなの気にしちゃダメですよ。そういう時は寝るに限ります」


「え!?どうやって寝るの!?」


「簡単です。傍の人に全力で寄りかかれば、あとはその人が倒れまいと全力で立ってくれますから安心です」


 唖然としたみんなは顔を見合わせ、△さんがメインで目を吊り上がらせて、こんこんと▲さんに説教を始めたのはいうまでもない。


 満員電車。

 何か楽しみを見つけないと、日々その移動が苦痛になるだけだなあと嘆息した。


 ▲さんみたいに見知らぬ誰かに無理やり寄りかかって寝ることは、おばちゃんには無理ですけどね。


 なので車窓を楽しむことにした。

 意外とこれはいい。東京は緑が豊かなので、季節の移ろいを感じやすい。そして東京は日々どこかで工事が行われ、それがどんどん変わるのを見るのも楽しい。


 最近は車内放送のモニターを見ている人も多い。


 みんな何かしらこの痛勤電車通勤をなんとかしようと考えているのだなあと思うと、少し満員電車も仲間意識がでてくるのが可笑しいなと思う。

 私も随分と慣れて来たなあとしみじみしながら、イチョウの緑を眺めていた。

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