第7話 おばちゃんと電話に出ない女子社員

 勤務する事務所には、各デスクに1機づつ、よくある社用電話が置いてある。

 外部電話がかかってくると、掛かってきている回線のランプが赤く点滅し、それを押して受話器をあげれば普通に出られる形式の物。


 簡単。


 なのに、新入社員で入ってからずっと、誰も電話に出ようとしない。


 赤いランプが付いてぷるるる!と鳴ると、一種異様な緊張感が事務所内に漂い、まるで出たら負け!みたいな緊張感が走る。

 

 なんなんなんだろうか??


 3コール以内に電話は取るが必須だった行員時代の癖で、2コール目で反射的に「私が出ます」と言い、受話器を上げてしまう。


 すると、妙な安堵感が事務所内に漂う。


 そういえば、ベテランさんが辞められたあと、電話応対の苦情が本社に多くなり、それで急遽電話応対もできる女性を探していたときいていたけど・・・。


 これか?


 でも電話に出るのくらい、何でもないと思うけど、なんでこんなに緊張感が走るのだろうか?

 もしかしてとんでもないクレーマ―がいて、時々かかってくるとか?でもこの数日の間に、そんな気配はないけど???


 私は首をかしげつつ、淡々と電話を取り、それぞれの担当者の内線に回したり、伝言を受けてポストイットに記載し、不在担当社のデスクに貼り付けていく。


 もちろん、戻られたら一言伝言内容を簡単に伝えるのも忘れない。

 

 そんなある日のランチタイム。

 

 ランチは最初の1週間、周囲のお店等を教えて貰うために、△さん達と外食ランチをしていた。

 オフィスビルが多い地域のせいか、ランチをするレストランは豊富だが、人気店はどこも長蛇の列で貴重な休憩時間がもったいない気がする。


 しかも大体1,000円~だ。

 毎日1,000円はきつい。5日間で5000円だ。ぞっとする。

 量も働き盛りの若い男女向けなのだろうか、おばちゃんには多すぎる。しかも大概揚げ物系か、がっつりイタリアンとか肉系が多いので、1週間もすると胃もたれに体重が増えてしまった。

 

 主婦をしていた時は、夫から渡される生活費がギリギリだったので、自分のお昼は朝の残りで簡単にささささと済ませていた。

 確かにママ友とのお付き合いで、おしゃれレストランランチなんてのも多々あったが、普段は実にシンプルで単なるエネルギーチャージの意味合いしかなかった。


 それにお金がもったいない。その分貯金をしたいのが本音。


 なので、数日後からは夫と子供達のお弁当の残りを、小さなタッパーに詰めて持って行くことにした。 

 おかずも何も余らなかった日は、塩おにぎりかふりかけおにぎりを数個で十分。


 会議室で食べるのもOKと言われているが、なんとなく気が引け、天気の良い日は近くのビルの間の緑地帯にある公園のような場所で食べることにした。最近のオフィスビル街は必ず綺麗な整備された緑地部分があり、ちょっとしたオアシスになっている。うちの庭にはない色々な木々が新鮮で気に入っている。


 外で食べていると、社用携帯電話が鳴った。

 ▲さんからだった。


 うちは必ず誰かがオフィスにいるようにするため、3グループに分かれて30分ずれて食事に入る事になっている。


 私と△さんは同じ時間帯で、事務所には▲さんと営業の1人が残ることになっているはず。大体、新入社員の私に緊急電話の要件などない筈なんだけど??と、不思議に思いながら電話に出ると、▲さんは不可思議な事を言った。


―○さんですか?


「?はい、○です。▲・・・さんですか?何かありましたか?」


―はい、▲です。あの、○さん、電話が鳴っています。


「え?電話?誰の携帯電話ですか?」

 わざわざ電話をかけてくるくらいなのだから、個人の携帯電話が鳴っているという事だろ。でも自分の携帯電話はこうして持って来ているので、私の携帯電話ではないだろうに??不可思議な思いでいると、更に▲さんは不可思議な事を言う。


―事務所の電話です。


 ?電話の出方が分からないのかしら??


「あの?電話は点滅しているボタンを押して、受話器をあげれば回線がつながりますよ?」

 何故新人の私が、先輩社員にこんな説明をしなくていけないのか、不可思議だった。


―知っています。そうではなく、がなっているので戻ってきてください。


 は?え?えええええ~~~~??意味不明なんですけど?


 内線通話以外は、外部からの電話は全デスクの電話機が一斉に鳴る。なので事務所にいる者が全員出るルールのはず。そしてランチタイム等は、事務所に残る者が出るルール。


「あの?外部電話は内線でない限り、全員のデスクの上の電話が鳴りますよね?なので、▲さんのもなっていませんか?▲さんが出てもいいんですよ?」


―ええ、私のも鳴ってますよ。でも〇さんの机の電話も鳴っています。


「いえ、だから私は今ランチタイム休憩なので、事務所にいる者が電話応対などをする決まりですよね?」


 なんで入社1週間の私が、先輩に教えないといけないんだ??


―そうです。でも、○さんの机の電話が鳴っているんです。だから急いで戻ってきてください。


 ダメだ!会話ができない!


「わかりました!今直ぐ戻ります!!」


 お弁当途中だけど、急いで事務所に戻った。

 

 当然、電話は切れている。履歴をみたら、知らない電話番号なのでとりあえず控えておいた。食事に出掛けていた△さんや営業に出ていた人達も丁度戻ってきた時に、▲さんが不服そうに言う。


「〇さん、電話応対は〇さんの仕事なんだから、ちゃんと出てくれないと困ります」


 全員がしーんとなった。


 △さんがむかっ!としたように言う。


「▲さん!今は〇さんがランチタイム時間ですよ?この時間は▲さんとか事務所にいる者がでなきゃいけないルールですよね?まさか、ランチタイムの〇さんを呼び戻したんですか!?」


「そうです。〇さんはそのために雇われたんでしょう?だったらランチタイムだろうがなんだろうが、ちゃんと仕事してもらわなきゃ困りますよ」


 △さん他がブちぎれて、ぎゃーすか喧嘩を始めたのは言うまでもない。


 まあまあとその場を宥めて、私は不思議に思い聞いた。


「何故、みなさん電話に出るのをそんなに嫌がるのですか?」


 すると驚愕の事実がわかった!

 なんと!今どきの家庭は固定電話がない、もしくは殆ど鳴らないので自宅の固定電話に出た事がない。電話は各自の携帯電話=自分の物でするのが普通。なので、なんとなく、 各自の机の上にある固定電話=各自の所有物的な感じで、外部からの電話=誰への電話か分からないののを、なんとなく他人の携帯電話に出るような感じで抵抗感があるんだそうだ。


 ええええええええ!???


 会社の電話は確かに不特定多数の社員の誰か、もしくは全体にかかってくるものだから、全員がでないといけないんですよ?


 と、説明するが、みんな困惑した顔をする。


 えええええ!?まさかのここから社員指導ですか!?


 てなことで、その日から電話が鳴ると私が立ち上がり、


「はい!今日は△さんから練習で出てください!」


 と、後ろにサポートに回る…てなことをしているおばちゃんなのだ。

 

 因みに、この会社の出来事を子供達に話したら、気持ちよくわかる~~!と、言うので…時代の波のカルチャーショックに驚いたおばちゃんなのだった。

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