5.子どものわがままを、無邪気に言ってるだけ①
お兄ちゃんのお顔を毎日見続けて、あるとき私は、大変なことに気づいちゃったんだ。
お兄ちゃん、一度も声を出して笑ってない! ていうか、静かに微笑んでることだって、そんなに多くない……!
私のことをこんなに幸せにしてくれてるのに……私からは、あんまり返せてないのかもしれなくて。
そう、だから今日は、お兄ちゃんに絶対笑ってもらうんだ。この日が、絶好のチャンス!
「お兄ちゃん、お誕生日おめでとうっ!」
お部屋に入ると、お兄ちゃんがいたのはテーブルの前! 大体来る時間が決まってるから、たまに待っててくれてるんだ。
お兄ちゃんの体育座り、膝を深く抱えてて、かわいいなあ。
「ん……誕生日……?」
「ええっ、忘れてたの!?」
きょとんってしたお兄ちゃん、今になって日付を確かめてて……ほんとに忘れてたんだ……。
「……ああ……そういえば前、教えてたっけ……」
「た、誕生日なのに、あんまり嬉しそうじゃないね?」
「……まあ……年を取ったこと、認識しちゃうから……結華が祝ってくれたのは、嬉しいけど……」
お兄ちゃん……その歳と見た目なら、何も気にせずに喜んでいいと思うよ? 私がしっかり祝ってあげないと!
「ふふっ、言葉だけじゃないよー? 私からのお祝いは、これ!」
持ってきた箱をテーブルに置いて、オープン!
「じゃじゃーん、手作りケーキ!」
中身は、私の全力を込めた、いちごのデコレーションケーキ!
お兄ちゃんの味覚は、まだちょっと分かってあげられてないけど……視覚からは、百点満点のはず!
「どう? 綺麗な出来栄えでしょ!」
「……すごい……」
お兄ちゃん、息をのんでて……まるで、目をキラキラさせてるみたい。
声を出して、笑ってくれるかな……?
「……ありがとう、結華……」
むむー……ダメだったかあ。でも、お兄ちゃんの微笑みは、これまでで一番にこやか。
もうこうなると、完全にかわいいかわいい子どもって感じで……私より9歳年上とか、すっかり忘れちゃう。
こんなに嬉しそうなお兄ちゃんが見れただけで、使ったおこづかいとなんて、全然比べ物にならない価値があったよ!
「えへへ、どういたしまして! それじゃあ、キャンドル立てるね」
2の数字の形をしたキャンドルを、二つ。
「……今日で、22なんだ……」
……この数は、お兄ちゃんが過ごしてきた人生の、年数。
この中には一体、どんなことがあったのかな……?
「……ごちそうさま……おいしかった……」
「うん、おいしく食べてくれてありがと!」
二人で食べるには、ちょっとだけ大きかったかも?
でも、お口を拭いてるお兄ちゃんの姿がとっても満足そう。だからこれで成功!
「ボリューム満点だったねー。晩ご飯、少なめにしないとね」
テーブルの上を片付けて、私も満足した気分になってたら……お兄ちゃんの何気ない呟きが、聞こえて。
「……誕生日を、祝ってもらえるなんて……ほんと、久しぶり……」
「えっ?」
……ケーキを用意されてないのは分かってたけど……もしかしてずっと、会ってもくれてないの?
「お父さんに一言でも、お祝いしてもらってないってこと?」
「……されてないけど……どうしたの……?」
お兄ちゃんは、分かりきったことを聞かれたような様子で……。
言われてみれば、確かにそんなにおかしくないことみたいに思えて、でも言われるまではそんなこと、想像もしてなかった。
「それって……でもそれって、ひどいじゃん!」
「……別に、ひどくない……僕、もう大人だし……そもそも、養う義務だって、もうない……」
お父さんって、お兄ちゃんのことについてまったく触れようとしないけど……どう思ってるんだろう……。
「でも、それならなんでお父さんは、お兄ちゃんのことを養ってるの?」
「……養えるだけのお金は、あるから……追い出して、何かあったら……そのほうが、面倒だろうし……」
「お兄ちゃんを引きこもらせた負い目とか……そういうのじゃなくて?」
これまでお兄ちゃんの過去を聞こうとしなかったのは、引きこもっててもつらそうじゃなかったから。
だけど私は、こんな当たり前のことを聞いただけで、お兄ちゃんの人生がつらいものにしか思えなくなったんだ。
「……ん……引きこもるようになった理由、知りたい……?」
「えっと……それを思い出してしゃべるのは、つらくないの?」
「……まあ、大丈夫……結構、昔の話だし……」
お兄ちゃんが、数を両手で数えて……指を折るのと一緒に、手が上下する。
「……8年前……結華はまだ、小学生にもなってない……それくらい、昔の話……」
お兄ちゃんが抱えてる何か……ちょっとでも、預けてほしいな。
「分かった。お話、聞かせて!」
「……ん……じゃあ、最初から、話そっか……」
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