第280話 捜索2


 フィオナが坑道の壁にもたれかかるようにしてうずくまる人物に向かって飛んでいき、その頭上で回り始めた。


 ビクトリアさんだ。


 ディテクターに反応がある以上生きているはずなのだが、俺のキャップランプの光を浴びてもビクトリアさんは反応しない。


 俺はランプの光量を落としてビクトリアに近づいていった。


 ビクトリアさんは武器の持ち手と一緒に両腕の中に顔をうずめてうずくまっているので顔は見えないのだが、見覚えのある革製のハーフヘルメットの脇から金色の髪がのぞいていた。

 ヘルメットからのぞく金髪には見覚えがある。やはりビクトリアさんだ。


 ビクトリアさんの革鎧は右半分が黒ずみ、右脇の辺りが溶けてなくなり中の鎧下まで崩れ落ちている。そこから赤黒い何かが見える。

 組んだ両腕とヘルメットの間からのぞいたビクトリアさんの顔の右側は赤黒くただれていた。おそらく右目は潰れている。

 腕の先、左手は健在だが、右手の手袋の手先側が指ごと無くなっている。


 不気味モンスターの毒液を浴びたに違いない。

 他にも負傷個所が何個所かあるだろう。


 これは『治癒の水』でどうこうできる感じじゃない。

 患部が現状見えないので万能ポーションを何とか飲ませたいが、まずはヒールで万能ポーションを自力で飲めるように回復させたい。


 ビクトリアさんの体全体を意識して、


 ヒール! ヒール! ヒール!


 見た感じ何も変化はないようだが、少しだけ呼吸音が大きくなった気がする。


 ヒール! ヒール! ヒール!


「ビクトリアさん」

 俺の言葉は伝わらないだろうがそれでも声をかけ続けた。

 ビクトリアさんの左手の指先が動いた。


 ヒール! ヒール! ヒール!


 ビクトリアさんは一度左手を握りしめ、そのあと組んだ腕の中から顔を上げた。

 右半分のただれた顔の乾いたかさぶたが落ちたところはすべすべの肌がのぞいていたのだが、右の眼窩はぽっかりと黒い空洞のままだった。

 健全な左目は半分開いてはいるのだが、見えているのかいないのか眼球は動いていない。



 俺のヒールでも『治癒の水』でも欠損は治せない。やはり万能ポーションだ。

「タマちゃん、万能ポーションを1本頼む」


 後ろから金色の偽足が伸びて俺の右手の上に万能ポーションを1本置いて戻っていった。

 おそらくビクトリアさんは肉体だけでなく精神も相当弱っているのだろ。

 何とか口からポーションを飲ませたいのだが。

 アニメなんかだと口移しとかよくあるが、そもそも口に一度入れてだいじょうぶなものなのかもわからない。


「どうにかこのポーションを飲ませたいんだが、タマちゃんの偽足でビクトリアさんの口を開けられないか?」

「主、ポーションを『池の治癒』の水と同じように吸い込んで、それをビクトリアさんの鼻の孔から挿入した偽足で胃まで送ることができます」

「さすが、天スラ、タマちゃんだ。さっそくやってくれ。

 このポーションを使う? それとも収納しているポーションを使う?」

「どちらでも同じですが、せっかく出したものですからそのポーションを使います」

「じゃあ、俺が蓋をとってやるから」

 俺が万能ポーションの瓶の蓋をとったらタマちゃんの偽足がポーション瓶の中に入ってすぐに中身が空になった。

 その偽足が今度はビクトリアさんの右の鼻の孔に入って行きすぐに戻ってきた。

「完了しました」


 どうなるものかと見ていたら、ビクトリアさんの右の眼窩から赤黒い砂のようなものがかなりの量零れ落ちてきた。

 赤黒い砂が出なくなったあと何かが盛り上がり、そして目玉、目玉を覆うマブタが形成された。

 俺の時は指だったからそれほどでもなかったが、目玉の高速再生には驚いた。

 まさに奇跡の薬だ。

 右手の先も、溶けた手袋の先からきれいな指が5本揃って元通りになったようだ。


 ビクトリアさんの口元が動いた。俺は急いでフルフェイスのヘルメットを脱いでタマちゃんに預け、代わりに白銀のヘルメットを被った。

「……、ここは? わたしは? 生きているのか? 目が、目が見える!」

 ビクトリアさんの意識も戻ったようだ。これで一安心。

「あんたは? このまえの異国の冒険者。ドラゴンスレーヤー。ジェーンから名まえを聞いたのだが。そうだイチローだ」

 俺は大きくうなずいた。

「イチローが助けに来てくれたのだな。ありがとう。

 わたしはバケモノの毒を浴びて体中焼けただれ、右目も失ったはずなのに今は何ともない。

 いったい? ま、まさか……。『神のしずく』」

『神のしずく』が何だかわからないが、俺はあいまいに笑って済ませておいた。


 ビクトリアさんが元気になったところで、ビクトリアさん以外の討伐チームの生き残りがいないか知りたいところだ。

 意思疎通のため白銀のヘルメットを被ってもらおうにも半分溶けた革のヘルメットが頭部から流れ出た血で固まって頭にくっ付いてしまっているようで簡単には外れそうではない。無理に引っぺがしたら髪の毛が抜けちゃいそうだし。

 洗えば取れそうだが、言葉の通じない現状いきなり俺がホットウォーターのお湯を頭からかけることもできない。


 困ったなー。

 有無を言わせずこのままシュレア屋敷に連れて行って、そこで通訳を介して話をした方が早そうだ。


 俺はビクトリアさんのリュックを持ち上げ中腰になってビクトリアさんの肩に手を置いた。

 不審そうな顔をしたビクトリアさんには構わず、転移。


 転移先はシュレア屋敷の玄関ホール。ビクトリアさんは座ったままの姿勢で手にメイスを持っている。俺の方は中腰でビクトリアさんのリュックを持ったままだ。


 ビクトリアさんは周りを眺めまわして、不思議そうな顔をしていたがそのうち納得したようだ。


「おーい。誰かいないかー?」

 俺が大きな声話出したら、1階の奥の方から電気作業員Aが駆けてきて、玄関から警備員Aが駆け込んできた。


「ひとりでいいんだ。警備員のお前が通訳してくれ」

「はいマスター」

「まずは、あの階層にまだ討伐チームのダンジョンワーカーがいるのか聞いてくれ」

 今の言葉を警備員Aが訳してくれた。そうこうしていたら、ソフィアとミアたちが2階から下りてきた。アキナちゃんは見えなかったが、もううちに帰っている時間だものな。


「勉強の邪魔をして悪かった。ミアたちは戻っててくれていいから。ソフィアは残っていてくれ」

「「はい」」


 ソフィアを残しミアたちが2階に戻っていったところで、ビクトリアさんが話し始めた。

「あの階層にはもう誰も残っていないはずだ。

 階段の下までわれわれは下りて行ったのだが、そこには目当てのモンスターはいなかった。

 そこで、われわれは18階層をしばらく捜索したのだがそれでも見つからず、やむなく撤退しようと階段まで戻ったらあのバケモノがいた。

 あのバケモノの毒をもろに浴びたなかまが溶けてしまいわれわれでは討伐は不可能と判断してバケモノの横をすり抜けるように階段に向けて走ったが、駄目だった」

 亡くなった連中には気の毒だが、あの階層に誰もいないのならこれで今回のミッションは完了だ。


「いちおうリーダーを務めていたわたしは囮になったのだが、わたしもあの毒にやられてしまい、あそこまで逃げたもののあそこで力尽きてしまった。

 それはそうとイチロー。ダンジョンの中からここまでやってきたのはやはり大魔法『転移門』なのか?」

「はい」

 門でも大魔法でもないが俺がうなずいた。警備員Aはさすがに訳さなかった。

「イチローはシュレアと自分の国と簡単に行き来できるとギルドのジェーンが言っていた。さすがドラゴンスレーヤーだ。ところでイチローはどうしてあの階層に?」

「そのジェーンさんの依頼でビクトリアさんたちを助けに行きました」

 俺の言葉を警備員Aが訳すと、

「そうか。とにかくありがとう。あのバケモノは?」

「階段下にいた緑のバケモノは俺がたおしました」

 これを警備員Aが訳すと、ビクトリアさんは納得したような顔をした。


 いったんここでビクトリアさんとの会話を止め、ソフィアに指示を出した。

「ソフィア、この人の着られるような服を用意できないか?」

「はい。できます」

「そしたら、風呂に入ってもらって着替えてもらおう」

「了解しました。今からお風呂の用意をしますが15分ほどかかります」

「分かった」


「ビクトリアさん、風呂の用意をしますから入っていってください。着替えも用意しますから大丈夫です」

 警備員Aが訳したところで、ビクトリアさんが、

「ありがたいのだが、家族が心配していると思う。ここはイチロー殿の屋敷のようだがどこになるんだろうか?」

「ラザフォード学院の近くです」


「分かった」

「ビクトリアさんのうちがダンジョンギルドや商業ギルドの近くなら転移で送りますよ」

 今の言葉を警備員Aが通訳した。

「かたじけない。わたしのうちは商業ギルドに近い」

「商業ギルドの入り口前に送ります。荷物を忘れないように」

 今の言葉を警備員Aが伝えたところでビクトリアさんがリュックとメイスを手にした。

 俺は警備員Aに、

「そういうことだから『ビクトリアさんは帰ったから着替えの用意はいい』と、ソフィアに伝えておいてくれ」

「了解しました」

「俺はここには帰らず俺のうちに帰るから」

「はい」


 これで良ーし。


 俺は先ほどと同じようにビクトリアさんの左肩に右手を置いて商業ギルド前に転移した。


 この時間でも大通りには結構な人通りだったが、いきなり現れた俺たちに驚いて誰かが騒ぎ出すようなこともなかった。

「それじゃあ」

 ビクトリアさんの顔は汚れたままだし、着ている防具も上から下までボロボロだけどすごくいい笑顔で「イチロー、ありがとう」と、言ってくれた。

「気にしないでください」

 俺の最後の日本語はビクトリアさんには分からなかったろうが、まあ、いいだろ。


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