第278話 シュレア屋敷8。捜索依頼


 コミックを読み始めたら止まらなくなってしまった。

 あとがきなんかも丁寧に読んで丁度2冊読んだところでシュレア屋敷の料理人ヴァイスがやってきて食事の用意ができたと告げられた。


 食堂に入るとミアたちが席についていた。

 ミアたちは2階から階段を下りて食堂に入ったはずなのに、彼女たちが階段を下りてきた気配を察知していなかったことがショックだ。いや、コミックショックだ。

 俺はコミックの魔性に取りつかれたに違いない。

 

 テーブルの上には俺用の料理とタマちゃん用にちゃんと料理が用意されていた。

 フィオナのためにちゃんとハチミツの小瓶と小皿それに小さなスプーンも用意されていた。


 アキナちゃんはタマちゃんを初めて見たハズなのだが驚いたり怖がったりしているようではなかった。おそらくミアたちが事前にタマちゃんのことをアキナちゃんに教えていたのだろう。


「いただきます」

「「いただきます」」

 俺がいないときは誰が最初に「いただきます」を言っているんだろう? やはりミアだろうな。


 今日の昼食はオムライスだった。

 ケチャップのかかった黄色いオムレツの下は定番の赤いチキンライスだった。チキンライスには人によっては嫌いなグリーンピースも入っていた。本格的家庭料理というジャンルがあるならまさにこのオムライスだろう。

 そして、オニオングラタンスープ。茶色のスープの中にカリカリに焼いたパン。その上にとろけるチーズが載っている。スプーンですくってまず一口。茶色で透明なタマネギが口の中で溶ける。

 何のダシが使われているのか素人の俺では全く想像もできないが、これは絶品だ。


 それにバンバンジー風のサラダ。タレはバンバンジーのたれではなく、普通のフレンチドレッシングだったが、さっぱりして鶏肉によくあっていた。


 食べることに夢中ですっかり周りのことに目がいかなかったが、アキナちゃんはフィオナとタマちゃんをチラ見しながらもおいしそうにスプーンでオムライスを食べていた。もちろんミアもおいしそうに食べている。

 カリンとレンカはよく分からない顔で食べているのだが、そのうちこのおいしさに慣れて、味覚というものが形成されるだろう。

 カリンとレンカはここの食事しか食べたことはないので将来よそで食事する時は、味のギャップを感じる可能性は大きい。

 

 タマちゃんはみんなのペースに合わせゆっくり食べているし、フィオナはいつも通り手と口の周りをハチミツだらけにしている。


 食事中のミアたちの話題は俺の目論見通りコミックだったのだが、未読のコミックの話だった。

 頑張って読破しなければ。


 タマちゃんは全部読んでいるので話に参加できたのだろうが、俺のことを思ってか、静かに食事を続けている。


 食事が一通り終わったところで食器が片付けられてデザートがテーブルの上に置かれた。


 今日のデザートはきな粉のまぶされたわらび餅だった! 黒蜜の入った小皿も各人の前に置かれた。わらび餅って、わらびがこの辺りだか、新館とか旧館の近くで手に入ったってことだよな。

 こことか、あそことか、日本から見れば完全な異世界だと思うのだが一体全体どうなっているんだろう。俺のためにこういった世界が用意されたのかと思えるほどだ。


 わらび餅の載った皿には太めの爪楊枝が付いていたのでそれで突き刺して食べるということなのだろう。誰がそんなことを教えたんだ?


 ひとつ突き刺して黒蜜を付けて口に入れたところ、かなり冷たく冷やされた夏向きのわらび餅だ。


 ここシュレアも日本同様夏らしいのだが、それほど気温も湿度も上がらないようで快適な気がする。

 気がすると言ったのは、俺の場合、快適の温度湿度帯がかなり広い。言い換えればいつも快適なので、ミアを参考にして判断したからだ。


 タマちゃんを見たら、偽足をわらび餅に突き刺して黒蜜を付け、それをわざわざ自分のスライム頭まで持ってきて、そこにわらび餅を乗せて吸収している。

 器用と言えば器用だ。


 フィオナを見たら俺の黒蜜が入った小皿を見ていたので、黒蜜をフィオナ用のスプーンでフィオナのハチミツの入った小皿に入れてやったらさっそく両手を突っ込んで食べ始めた。

 よほど好みの味だったのか、すごい勢いで食べ始めた結果、顔が茶色になってしまった。


 ミアたちは真剣な顔をしてわらび餅を食べている。わらび餅の感想を聞きたいところだが、誰も声を発しない。

 

 シュレアでは和テイストが好まれるのだろうか?

 レストランチェーンを将来地球規模で開こうかと冗談で思っていたのだが、ここでなら商業ギルドにはなにがしかの報告をするくらいの手続きだけで、基本的には俺の一存で事業展開できるんじゃないだろうか。


 お金の工面は適当なものを商業ギルドへでもダンジョンギルドへでも売れば何とでもなるわけだから、試しに日本食レストランでも出してみるか。

 食材は現地調達しないと回らないからメニューは限定されるだろうが、この世界の連中からすれば間違いなく異次元のおいしさ、異次元の食べ物になるだろう。


 よしっ! ミアたちが学校に通うようになったらソフィアも手が空くだろうから本格的にレストラン経営を進めるぞ。シェフはアインに作ってもらえばいいし、その他の店員も自動人形で回せば人件費ゼロだ!

 地元の経済を回すという意味で、地元民を雇用しないというのはあまりほめられたことではないかもしれないが、最初は信頼のおけるスタッフで固めた方が安心だし。


「ミア、ここで食べる食事をレストランとして売り出したら流行はやると思うか?」

「おもう。すごくおもう」

「アキナちゃんはどう思う?」

 俺の言葉をミアがアキナちゃんに通訳してくれた。

「わたしおもう」

 やっぱりな。通常ビジネスでは子どもの意見などあてにならないのだろうが、ことレストラン、食堂に限れば、子どもの意見も参考になるんじゃないか? リーズナブルな価格ならおいしい物は必ず売れる。


 昼食が終わってミアたちは2階に戻って行き、俺は居間に戻って理論武装を再開した。


 ソファーでコミックを読んでいたら、警備員A(仮)がやってきた。

「マスター、ダンジョンギルドからお客さまです」

「応接室に通してくれ」

「はい」


 俺は読みかけのコミックをひっくり返してテーブルの上に置き、タマちゃんから白銀のヘルメットを出してもらって応接室に向かった。


 白銀のヘルメットを被って応接室の椅子に座ってすぐに警備員A(仮)がひとりの女性を連れて部屋の中に入ってきた。

 ギルドからのお客さんはダンジョンギルドのジェーンさんだった。

 わざわざ副ギルド長がやってきたということは?

「ここに残ってジェーンさんに俺の言葉を通訳してくれ」

 警備員Aを部屋に残しておくことにした。

「はい。マスター」


「どうも。今日はどういったご用でしょうか?」

 警備員Aが訳し終わったところで、ジェーンさんが話し始めた。

「イチローさんにお願いがあってやってきました」

「はい。なんでしょうか? できることなら協力します」

「17階層から18階層への下り階段下の空洞に強力なモンスターが居座っているという報告を受けギルドで一線級のダンジョンワーカーからなる討伐チームを組織して4日前に送り出したんですが、総勢6人のチームのうち誰も帰還していません。

 討伐チームの中にはビクトリアさんも含まれています」


「ドラゴンスレーヤーのイチローさんならそのモンスターを退治し討伐チームの安否を確かめていただけるのではないかとこうしてうかがいました」


 ビクトリアさんには世話になったからそのうちお礼をしようと思っていたし。

「了解しました。出来る限りのことをしてみましょう」

 俺の言葉を警備員Aが訳し終わった。

「よろしくお願いします。これが18階層までの階段間の地図です」

 ジェーンさんは持ってきたカバンの中から紙束を取り出した。


 受け取った紙束の一番上を見たところ、それラシイ図面にメモなどが書かれていた。もちろんそのメモは俺には読めなかったが、こっちにはフィオナもいるし何とかなるだろう。

 モンスター退治はどうってことないが、生きているなら何としてもビクトリアさんを助け出したい。

 フィオナレーダーが対人で機能するかどうかは分からないのだが、何とか機能する気がする。

 俺は立ち上がってジェーンさんに力強く言った。

「さっそく、とりかかります。全力を尽くします」


 階段間の距離がサイタマダンジョンと同程度なら18階層まで3時間もあれば走破できる。

 ただ俺は現在普段着だ。これだと動き回るには少々難もあるし、遅くなるかもしれないから母さんにことわっておきたいので一度うちに戻らないといけない。


「よろしくお願いします」

 警備員Aにジェーンさんを送るように言って俺は居間に戻ってタマちゃん入りのスポーツバッグを手に取った。

「フィオナ、ビクトリアさん覚えているか? ここに最初に来た時世話になった女の人だ」

 フィオナが大きくうなずいた。

「ダンジョンの中にビクトリアさんがいたとして、どっちに向かって行けば会えるかわかるか?」

 今度もフィオナは大きくうなずいた。

「分かった」

 これならビクトリアさんが生きてさえいれば何とかなる。グッと難易度が下がった。


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