第183話 ミア


 俺はミアを連れて書斎に戻った。

 ミアの椅子がなかったので、ミアに俺の机の椅子をジェスチャーで勧めたのだが、ジェスチャーが理解できなかったのか、それとも遠慮したのか、ミアは床に座ってしまった。


 坑道の路面よりはきれいなのだが、やっぱりせっかくのドレスがもったいない。

 そのときミアが蚊の鳴くような声で、

「わたしこれからどうなるの?

 ここはどこなの? わたしかえれないの?」

 と、俺に聞いた。


 ミアを勢いで連れてきたのはいいが俺は無責任にも本人のことを何も考えていなかった。

 本人の気持ちを確かめたいのだが、それをミアに伝えるのが難しい。


 まず『考え』『思い』という言葉をジェスチャーでどう表すか?

 ミアの世界の常識として心は頭に宿っているのか? 心臓に宿っているのか? それすらも分からない。

 マズいぞ。

 非常にマズい。


 少し焦っていたらアインが部屋に入ってきた。

『ミアの部屋の準備ができました』

「部屋に連れて行くか」

 アインが床に座り込んでいたミアの手を取ったらミアはおとなしく立ち上がり、アインに連れられて部屋を出た。

 特に考えもなく俺もふたりの後についていった。


 ミアの部屋は階段の先をしばらく行ったところだった。

 ベッドにタンス、小さな机と椅子が置かれた比較的こぢんまりした部屋だった。

 こぢんまりしたと言っても俺の2階の部屋よりよほど広い。

 ミアは部屋をあてがわれたわけだが、あてがわれたということ自体理解できているのか定かではない。

 顔を見るとなんとなく当惑しているように見える。

 当たり前だよな。


「ミアが俺の言葉を理解できて、返事してくれたらいいのになー」

 愚痴ではないが口に出してしまった。


『マスターはミアの言葉が分かるのですか?』

「俺が今被っているヘルメットの力でミアの国の言葉は分かるんだよ」

『マスター。それでしたら、そのヘルメットをミアに被らせてみてはどうでしょう?

 それでミアがマスターの言葉を理解できたなら、同時には話せませんが交互にヘルメットを交換することで会話は可能と思います』

 おっ! 確かにアインの言う通りだ。

 ミアの国の言葉がヘルメットを通すことで俺の頭に日本語の意味を伝えているわけだからその逆ができないはずがない。いや、きっとできる。


 俺は白銀のヘルメットを外して、当惑しているミアの頭にかぶせてやった。

 ミアはいきなりでっかいヘルメットをかぶせられてさらに当惑したようだ。

 そんなことはお構いなしに、すぐにヘルメットはミアの頭にフィットした。

 そこで俺は中腰になってミアの目を見ながら話し始めた。

「ミア、俺の言葉が分かるか? 分かるならうなずいてくれ」

 ミアは最初すごく驚いた顔をしたがすぐにうなずいた。


「今ミアにかぶせたヘルメットだが言葉の通じない相手の言葉が分かるようになるヘルメットだ。

 今まで俺が被っていたから、俺はミアの言葉は分かったけど、今は外しているからミアの言葉は分からない。その代り、ミアがうなずけば『はい』ということは分かるし、首を横に振れば『いいえ』ということは分かる。

 ミア、今俺の言ったことが分かったか?」

 ミアは首を縦に振った。

 ミアは頭がいいかどうかはまだわからないが、頭は悪くないことだけは分かった。


「俺はミアがあの街で暮らしていけばそのうち捕まって手首を切り落とされると思ってここに連れてきてしまった。ミアの気持ちも何も聞かずにな。

 まずミアには家族なり身寄りはいるのか?」

 そこでミアは首を振った。

 やはり孤児だったか。


「ミアはああいった盗みを仕事として生きていたのか?」

 今度はわずかに首を縦に振った。


「ミアがどうしてもあの街に帰りたいというなら、もちろん帰してやる。

 ここにいれば食べ物と寝るところ、そして衣服の心配はない。

 ただ、この周りに人はいないし、あの街には俺が連れて行かないとミアの自力だけでは帰れない」

 ミアは黙って考え始めた。


「どうするか決める前に、俺に聞きたいことはないか?

 今度はミアが俺に聞いてくれ」

 そういった後、俺はミアからヘルメットを外し自分で被った。

 最初すごく小さかったので頭にのっける形になったのだがすぐに大きくなって頭にすっぽりはまってくれた。


「わたしはここで何をすればいい?」

 何もしなくても衣食住は満たされるわけだから遊んでいてもいいのだが、遊び相手もいない。

 となると、ミアがあの街、あの世界に帰って生活できる真っ当な職を身に着けさせるというのが手だろう。

 まずは教育だろうな。 そして、その前に言葉。


 俺はミアからアインに向かって「言葉をちゃんと話せて、ミアに日本語を教え教育もできる自動人形が作れるか?」と聞いてみた。

『はい。それ相応のコアがあれば製造可能です』

 作れなかったらマズかったが核なら午前中手に入れている。あの大きさなら十分だろう。

「こぶし大のコアを6つ手に入れている。あとで渡すけれど、それなら間に合うか?」

『はい。おそらく間に合います。

 ミアの教育用自動人形はマスターの言葉とミアの言葉が話せればいいですか?』

「そうだな。

 そうそう。できれば顔の造作があった方がいい」

『発声のため口だけは作るつもりでしたが、顔以外も人としての外見を持たせます。

 マスターは外見に好みなどはありますか?』

「人として整っていれば問題ない」

『了解しました』


 俺は教育の目途が立ったところでミアにヘルメットを渡した。


 ミアの頭に合わせてヘルメットが縮んだところで、

「まず俺の国の言葉を覚えてもらい、それからミアが大人になって自分で働いて生きていけるようミアに教育をしていくつもりだ。

 教育が終わったらミアをあの街に返す。

 ミア、どうする?」


 俺は再度ミアからヘルメットを受け取って頭にかぶった。

「ここにいる」

 俺はミアの言葉にうなずいた。


「アイン、コアを渡すから書斎に戻ろう」

『ミアはここに置いていきますか?』

「連れて行こう」


 アインがミアの手を取り俺たちは書斎に戻った。

 そこでリュックの中のタマちゃんに核を出してもらい机の上に6個並べた。

「このコアなんだが、どうだ?」

『十分です。

 さっそく製造に取り掛かります。

 その際、マスターとミアから言語を抽出することになります』

「それって時間がかかる?」

『マスターとミアからの言語抽出にはそれぞれ15分ほどかかります。自動人形製造は1時間かかります。正味1時間30分かかることになります』

「それくらいなら問題ない」

『それでは参りましょう』



 5つの核を机の上に残して核をひとつだけ持ったアインに先導される形で俺たちが歩いていった先は前の館の主の研究室だった。

 研究室の何かの装置にアインがさっきの核を入れた。

 そのあと、

『最初はマスターから言語を抽出します。マスター、その台の上にそのまま仰向けになって寝てください』


 言われるままベッドと言えばベッドと言えなくもないような長四角の黒い台の上に俺は仰向けに横になった。

 フィオナは飛び上がってアインの肩の上に止まった。

 天井に手術ランプがあれば手術台だなーとか考えていたら一瞬だけ意識が飛んだ。


『言語の抽出は終わりました。マスター、起き上がってください』

「15分かかるんじゃなかったのか?」

『はい。ちょうど15分経過しています』

 気付かない間に15分経っていたのか。何だか怖いな。


 台から下りたら、フィオナがアインの肩から飛びあがって俺の肩に止まった。

 ういやつじゃ。


 今度は15分間おとなしくしていたらしいミアの番だ。

 ミアにいったんヘルメットをかぶせ、簡単な説明をした後ヘルメットを外した。

 ミアは言われた通り黒い台の上であおむけになって横になり、目を閉じた。

 それから15分、ミアはピクリとも動かなかった。


 作業が終わったところでアインがミアを台から降ろしてやった。


 黒い台は脳の読み取り機械のようなものだったのだろう。

「わたしはこれから自動人形を製作しますのでマスターたちは休憩していてください」

『了解』


 俺はミアを連れて書斎に戻った。


 書斎に入ってみると丸テーブルと、椅子がふたつ置いてあった。

 俺とミアのための物だと思うので、ふたりで椅子に腰かけていたら書斎の扉が開き、自動人形がワゴンにお茶とお茶菓子を載せて入ってきた。


 自動人形は俺とミアにお茶を淹れてくれ、ケーキの載った小皿を置いてくれた。

 ケーキはアップルパイだった。


 ミアに手振りで食べるようにいったらミアはフォークを使って器用にケーキを食べお茶を飲んだ。

 小さな声で何か呟いているのが聞こえた。多分おいしいと言ってるのだろう。


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