第182話 小僧2


 ゴロツキを相手にしても仕方なかったし、これ以上小僧を怖がらせたくもなかったので、俺は小僧を右手に吊り下げたまま館の書斎に転移した。


 ゴロツキ目線でいえばいきなり俺が消えたことになるわけで相当ビックリしただろうが、それを触れ回ったところでゴロツキのほら話以上の価値はないだろう。


 やかたの書斎には、アインがちょうどいた。

 目の前の景色が急に変わったことでキョロキョロしていた小僧だが、のっぺらぼうのアインを見た瞬間、動きを止めそして漏らしてしまった。


 足が半分ちぎれたようなズボンの股間が濡れて色が変わり、すそからしずくが踵のとれたようなサンダルや床に垂れてきた。

 腕は疲れてはいなかったが、小僧を床の上に下ろしてやり手を離したところ、小僧はどこに逃げるわけにもいかず黙ってそこ**に立っていた。

 俺の方はリュックを下ろして机の横に置いておいた。

 フィオナは肩の上に止まっている。


「アイン、済まない。子どもを拾ってきてしまった。

 こいつを風呂に入れてやりたいんだが、できるか?」

『はい、風呂の用意はすぐできます』

「着替えはなんとかなりそうか?」

『子ども用の衣料の在庫はありませんが作れば30分ほどで作れます』

「それならそれで頼む」

『了解しました』

「準備出来るまでこの子は預かっておくから急いでくれ」

『了解しました。

 それでは風呂と着替えを準備します。部屋掃除の者を呼びます』

 俺とアインの会話の間、小僧は無表情で俺の顔を見上げていた。

 小僧にすれば自分をさらった男が異国の言葉でひとりごとを言っていたわけだから少し怖くなったのかもしれない。


 アインが部屋から出ていってしばらくして、自動人形がふたり書斎に入ってきた。

 ふたりはモップで床を拭き、乾いた雑巾で小僧の足と濡れたズボンを拭いてやり、それが終わったら一礼して書斎から出ていった。

 その間小僧は自動人形にされるがままおとなしくしていた。



 自動人形ふたり組が書斎を出ていったのと入れ違いにアインが帰ってきた。

『風呂の用意はあと10分ほどかかります』

「ありがとう」


 部屋の中は適温なのだが、濡れた衣服ではそのうち風邪をひくかもしれない。

 服を脱がせて毛布でも掛けてやるか。


「アイン、こいつのズボンが濡れてるから風呂場に連れて行って脱がせた方がいいだろう」

『了解しました』


 アインが小僧の手を引こうと手を出したら、小僧が怯えて俺にしがみついてきた。

 くっ付いてほしくなかったのだが邪険に扱えないので仕方なく俺が風呂まで連れて行くことにした。


「アイン、風呂場に案内してくれ」


 風呂場の場所の見当はついているが、実際アレがホントに風呂だったのかは分からないのでアインに案内を頼んだ。


 アインのあとに続いて風呂場にやってきた。やっぱり俺が思っていたところだった。

 小僧は観念したのか、俺の手を離した。

「アイン、体だけじゃなくって髪の毛も洗ってやってくれよ」

『はい。お任せください』


 後はアインに任せて俺は部屋に戻っていった。


 小僧が俺にしがみついていた関係で俺の防刃パンツが若干濡れている。

 仕方ない。

 タマちゃんにこういったものをクリーニングしてもらうのは気が引けるのだが、背に腹は代えられない。

 俺は防刃パンツを着たままタマちゃんに防刃パンツの表側だけクリーニングしてもらったら、すっかり汚れ**は落ちた。



 何をするわけでもなかったが白銀のヘルメットを取って机の椅子に座り、小僧にジェスチャー以外で意思の疎通ができないものか考えてみた。


 いい手は思いつかない。

 ほとんど何も考えが浮かばないまま、30分ほど椅子に座っていたらアインが小僧?を連れて戻ってきた。

 小僧が何かしゃべるかもしれないので俺は急いで白銀のヘルメットをかぶり直した。


 その小僧なんだが、なぜかかわいい女の子の服ドレスを着て、どう見ても女の子に見えた。

 栗色の髪の毛もすっかりきれいになったうえ切りそろえられている。

 こうして見るといっぱしのお嬢さんだし、すごく似合ってはいるのだが、女装に何の意味があるのかはなはだ疑問だ。

 これはアインの趣味なのか?

 そうだとするとちょっと怖いぞ。


「アイン、女の子の服しか用意できなかったのか?」

『マスター、この子は女子です』

 先入観で小僧=男の子と思っていたのだが、女の子だったのか。

 小僧あらため女の子はアインに手を繋がれておとなしくしている。

 しかし、見違えた。


「アイン、その子と話はできるか?」

『いえ、できません』

「困ったなー。名まえも分からないし」

 名まえを聞くくらいならジェスチャーで何とかなるだろう。さっきもやったことだし。

 俺は女の子の前にしゃがんで自分を指さし「イチロー、イチロー、イチロー」と3回言ってみた。

 そのあと、アインを指さして「アイン、アイン、アイン」と3回。

 そして、俺とアインを交互に指差し「イチロー、アイン、……」と3回言ってみた。

 最後に女の子を指さしたら女の子が小さな声で「ミア」と言った。

 ミアか。

 俺が自分を指さし「イチロー」と言った後、女の子を指さし「ミア」と言ったら女の子はうなずいた。


 ちゃんと意思の疎通ができるとうれしいものだ。



『マスター、そろそろ食事の時間ですがいかがします?』

「そうだったな。この子の食事も用意してくれ。一緒に食べる」

『了解しました。

 すぐに用意できますから食堂に移動しましょう』


 俺たちは、風呂に入りすっかりおとなしくなったミアを連れて食堂に移動した。

 俺は白銀のヘルメットをかぶったままだ。

 

 食堂では俺はいつもの席に座り、ミアは俺の右前の席に着いた。


 いつもならアインは食堂の中までついてこないのだが、今日は俺の横に控えている。


 給仕の自動人形によって料理がワゴンで運びこまれ、料理の載った皿が俺とミアの前に並べられていった。


 皿の料理は骨付きのニワトリのもも肉。それにブロッコリーとポテト。

 スープは野菜たっぷりのコンソメスープ。野菜の他にはソーセージが入っているようだ。

 レタスと玉ねぎの薄切りとトマトのサラダ。

 パンはバターロールとクロワッサン。それにジャムとバター。


 ミアの目は自分の目の前に並べられた料理に釘づけだ。

「食べていいぞ」日本語で言ったのだが、ちゃんと通じたのか、ミアは骨付きの鳥のもも肉を両手で掴んだが、まだ熱かったようで骨付きの鳥のもも肉の端に巻いた紙を持って小さな口を開けて食べ始めた。


 フィオナにはイチゴジャムをやった。

 フィオナが俺の肩から飛んだところで、ミアは一度食べるのをやめてフィオナを見ていたがすぐに食べるのを再開した。


 最初勢いよく食べていたミアだったがそのうち食べるスピードが落ちていき半分とまではいかないが3分の1くらい残してしまった。

 ミアは残った料理をじっと眺めていた。


「ミア、お腹が空けばいつでも食べられるから安心しろ」つい、そう言葉をかけてしまった。

 ミアは俺の顔を一度だけ見たがすぐにお皿の上を見て手を伸ばそうとし、そして止めた。


 フィオナもお腹いっぱいになったようで、俺が手と顔をナプキンで拭いてやったら俺の右肩に止まった。


 ミアの手と口の周りも相当汚れていたのだが、それはアインがナプキンで拭いてやった。その間ミアはおとなしくしていた。

 お風呂から帰ってからミアがおとなしすぎる。アインに従順だ。

 なにかお風呂であったのだろうか?


 俺も食べ終えたところで俺はアインに、

「ミアの部屋を用意しておいてくれ」

『かしこまりました』

 アインは俺にそう言って食堂を出ていった。

 俺の今の言葉を待っていたのか?


「それじゃあ、ミア部屋に戻ろう」

 俺が席を立ったので、ミアもテーブルの上を名残惜しそうにしながらも席を立った。



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