第95話 氷川涼子10、クリスマスディナー
氷川は午前中に65個の核を手に入れたハズだ。
6階層の核の相場は3万から4万、平均して3万7千円と言われている。
坑道の壁に沿って向かい合い、おむすびを食べながら。
「今日の氷川なら6階層は問題ないと思うが、ソロの場合何があるか分からない。
チームでいくかどうかは氷川の判断だ」
「分かっている。
だがソロで行けるところまで行ってみる」
「そうか」
6階層は10階層と比べれば人口密度が多いようで今日も何度か冒険者チームに出会っている。
運が良ければ何かあっても助けてもらえる可能性が、……。
やっぱり限りなくゼロだな。
俺が助けたあのチームだって、負傷した仲間を守りながら時間を長引かせることができたから助かったわけだけど、ひとりだと負傷してしまえば後はモンスターに
その程度のことは氷川だって十分承知しているはず。
俺たちは昼食を食べ終わった後少し休んで午後からの狩を始めた。
氷川のソロに対して少しばかり心配したが、午後からの氷川の動きもなかなかのもので、安定してモンスターを狩っていた。
これなら問題ないだろう。
本人も満足だか納得だかしているような顔をしているし。
午後からの氷川は58個の核を手に入れた。
午前午後で123個。1個3万5千円としても430万円。
今日は俺がサポートしたからモンスターとの遭遇回数が多かったハズだけど、俺がいなくてもこの半分程度は遭遇できるだろう。もっと厳しいかな?
いずれにせよ6階層で慣れれば7階層。
下に行くほど難易度は上がるが難易度以上に儲けが出る。
10階層で稼げるようになれば、Sランクは目と鼻の先だ。
40分ほどかけて渦を抜け買い取り所に。
買い取り所の個室には氷川だけが入った。
武器を預かり所に返して氷川とはそこでいったん別れた。
今日は氷川が夕食をおごってくれるということなので、俺はロビーホールで氷川が着替えて出てくるのを待った。
どこでおごってくれるのか聞いていないけど、氷川は着替えてくるわけだから、俺のこの防刃ジャケット姿はマズかったか?
俺がいつもこの格好だということは氷川だって知ってるだろうし、何も言わなかったところをみると、この格好で構わないのだろう。
「お待たせ」
10分ほどで、氷川が着替えを済ませてやってきた。
上に白いハーフコートを着ていたが、下は初めて見るスカート姿だった。それも真っ赤なスカート。
結構似合っている。そして結構目立っている。
考えたら俺って、夏だろうと冬だろうと防刃ジャケットだった。
この季節だと傍から見たらすごく寒そうに見えるだろう。
いちおう防刃ジャケットは2つ持っているので着替えてはいるのだが、同じ型で同じ色だからいつも同じものを着ていると思われているはずだ。
今さらだし、どうでもいいんだけど。
食事するところは駅前近くの店ということだった。
氷川の頭の中では
「予約した時間が5時からだから、それだと早すぎると思うんだ」
「予約するような店?」
「まあな。
今日はクリスマスだし、店が混んでて長く待つのは嫌だったし」
20分ほどロビーホールでふたり並んで椅子に座って時間を潰した。
俺たちふたりはダンジョンセンターに出入りする冒険者たちを観察していたのだが、俺たちの方が観察されていたかもしれない。
「そろそろいいんじゃないか?
俺のうちの近くの人通りの少なそうな場所に転移しようと思うが、そこからだと駅まで10分近くかかるから」
「じゃあ、そろそろ行くか」
少し視線を集めていたので、ダンジョンセンターの門を出てから、氷川を連れてうちの近くの道に転移した。
そこから俺が氷川を案内してバス通りに出た。
その先は氷川が店まで案内してくれた。
氷川に連れられてやってきた店はイタリアンレストランだった。
俺は店の存在自体は知っていたがもちろん入ったことなど一度もない。
予約時間の5時はいいのだが、夕方の開店時間が5時だった。
「早く着きすぎてしまったようだ。困ったな」
「さすがに、入れてくれることは入れてくれるんじゃないか?」
「それもそうだな」
氷川がドアに手をかけたら、鍵はかかっていなかった。
「入ってみよう」
「こんにちはー」
クリスマスらしく飾りつけられていた店内に誰もいなかったが、すぐに奥から店の人がエプロンを身に着けながら出てきて受付に立った。
「早く着いちゃったもので」
「5時からおふたりさまご予約の氷川さまですね?」
「はい」
「どうぞこちらに」
俺の荷物と上着を店の人が預かってくれるというので、俺は先にタマちゃんの入ったリュックを手渡し氷川はスポーツバッグを手渡した。
その後氷川は着ていた白いハーフコートを脱いで店の人に渡した。コートの下に氷川は黒いセーターを着ていた。
赤いスカートに黒いセーター。こっちもよく似合っている。
そして結構大きかった。
俺もさすがに防刃ジャケットはアレかと思ったのだが、ベルトや大剣ホルダーなど諸々着込んでいる関係で脱がなかった。
あまり気にしない俺だが、ちょっとだけ気になったが氷川も店の人も何も言わなかった。
諸々は受付のカウンターの後ろに置かれた。
それから俺たちはテーブルの上に『ご予約』と書いた札が立てられた4人席に案内された。
しかもテーブルの真ん中には、3本のろうそくの立ったろうそく立てが置かれていた。
ちょっと仰々しいな。
すぐに水の入ったグラスが置かれ、テーブルの上にナイフやフォークが揃って箸置きのような金具の上に置かれた。
「氷川、これってコースなの?」
「こういった店を予約したのは生れて初めてだったからコース料理なら無難かなって。
長谷川は食べられないものってないだろ?」
「なんでも食べられる」
「よかった。
わたしもだ」
開店時間になったけれどお客は俺たちふたりだけだった。
すぐに最初の料理が運ばれてきた。
最初の料理はスモークサーモンにタレがかかったものだった。
それと一緒にテーブルの上のろうそくに火が点けられた。
ナイフとフォークでサーモンを切ろうとしたが、そもそも薄くスライスしたものだったのでそのままフォークですくって食べた。
氷川は一生懸命ナイフとフォークを使ってサーモンを切ろうとしていたが俺がフォークだけで食べてるのを見て真似して自分もフォークだけで食べ始めた。
「コース料理を食べるのも実は初めてなんだ」
「俺もそうだけど、俺たちはお客さんなんだから好きに食べればいいんじゃないか?
うるさく音を立てたりすれば別だろうが」
「たしかに。
長谷川はいつも落ちついていて、とても高校生には見えないな」
生まれてきて26年以上生きているので、高校生に見られてしまうとそれはそれで悲しいからな。
そう言う意味でも氷川の評価はうれしい。
次に出てきたのはトマトと玉ねぎ、それにカボチャの入ったスープだった。
スプーンはスープと一緒に運ばれてきた。
俺自身は寒いわけでもなかったが、体の芯からあったまるー。
スモークサーモンの味は正直分からなかったが、このスープはおいしい。
次に出てきたのはクリームソースのかかったスパゲッティだった。
カルボナーラと言うんだっけ。上になんだかわからないが
かさぶたは何とも言えないにおいだったが、味はほとんどしなかった。
そのかわりスパゲッティの方はボリュームもあっておいしかった。
「スパゲッティの上のかさぶたは何だと思う?」
「さあ、においはいいが味はしないな」
メインは牛肉のステーキでジャガイモとブロッコリーが付け合わせについていた。
厚く切られた肉にフォークを立てたら赤い汁が出てきた。
ナイフは食器のナイフのご多分に漏れずとても切れそうにないものだったが、肉を切ってみたら肉が柔らかくて簡単に切れた。
デザートはティラミスかイタリアンジェラートを選べと言われた。
ティラミスはなんとなくわかったが、イタリアンジェラートとは何ぞや?
店の人に聞いたらイタリアのアイスだと言われた。
初めてだったのでそれを選んでみた。
エスプレッソコーヒーと一緒に出されたイタリアンジェラートを食べてみたらアイスとシャーベットのあいのこのようなものだった。
何を食べてもおいしい俺がおいしいと言ってもあまり意味はないかもしれないが、おいしかった。
氷川はティラミスを頼んだようだ。
そっちもおいしそうに見えた。
氷川も俺のイタリアンジェラートを見ていたので、換えっこしようかと提案してやろうかと思ったけれど、さすがに言えなかった。
なにはともあれおいしかった。
フィオナは終始俺の肩の上でじっとしていたのだが、俺たち以外に客もいなかったし、店の人も奥に引っ込んでいたので、イタリアンジェラートを指の先に付けてフィオナに食べさせてやった。
フィオナはいつもだったら両手を使って食べるんだけど、今回は冷たいと感じたのか小さな舌を出して舐めていた。
かわいい。
氷川は冒険者証で代金を払ってくれた。
結局俺たちが店にいる間客が誰も入ってこなかったのだが、この店大丈夫なのだろうか?
預けていた荷物を受け取った俺たちは店を出た。
店を出ると外はもう暗くなっていた。
「氷川、今日はごちそうさま」
「こちらこそ、今日はありがとう」
「氷川はこれからどうやって帰る?」
「駅からバスで帰る」
「氷川の家はダンジョンセンターに近いのか?」
「歩いて10分ほどだ」
「それなら俺がダンジョンセンターまで送ってやるよ」
「すまないな」
「全然手間じゃないから」
氷川を連れてダンジョンセンターの近くに転移して、そこで氷川と別れた。
クリスマスディナーを女子と一緒に食べた。
しかも女子のおごり。
これは秘密にせねばなるまい。
うちに帰った俺は特に父さんや母さんから冷やかされはしなかった。
誰もが通った道だろうしな。
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