第89話 イジメ2。体育祭
冒険者と自称する2年生4人組に講堂裏に呼び出された俺は窮地に陥っていた。
いや、マジで。
そう言えばCランク以上の冒険者が暴力事件を起こした場合、冒険者資格はく奪の上、量刑がすごく重くなると講習で習ったような。
目の前の連中が本当に冒険者だとして、素人と変わらないAランク。
それに対して俺はDランク。
ハンディーが半端ない。
どうする一郎?
俺が切羽詰まっていたところ、俺の後ろに人の気配を感じた。
同時に4人組の雰囲気が変わった。
振り向いたら、担任の吉田先生だった。
「あなたたち、何してるの?
長谷川くんはゴミ箱持って帰りなさい」
俺はゴミ箱を持ってその場から退散することになった。
その後、吉田先生が4人組に話している内容が聞こえてきた。
「あなたたち冒険者なのかもしれないけれど、誰を相手にしていたのか分かってるの?」
4人組から返事はないようだ。
「全国にただひとりの16歳Dランク冒険者って長谷川くんのことなのよ。
しかもソロで活動してるの。
あなたたち本当に冒険者ならその意味くらい分かるでしょ?
彼は文字通り人外なの」
吉田先生に俺がDランクになったことは教えていないけれど、ダンジョン庁のホームページの資料を見れば一目でわかるらしいから、俺がDランクだってことはお見通しだったわけだ。
しかし、最後の言葉はちょっと。
そう言えば、あきもとはるこにも『ほんとに人間なのか』とか言われたっけ。
俺って本当に人間なのだろうか?
これは哲学だな。
『自分が人間であることの哲学的証明』
何か考えているだけでは人間ではないと思うのだが。
鶴田たちに投げかければいい哲学的命題だ。
ゴミ箱を持って教室に帰ったら、鶴田たち3人だけが教室に残っていた。
他の生徒たちは帰宅したり、部活に出ているのだろう。
鶴田たちはわざわざ俺を待っていてくれたみたいだ。
「鶴田たちが吉田先生に相談してくれたのか?」
「いらぬおせっかいだったとは思うが、放ってはおけなかった」
「いや、ありがとう。
恩に着るよ」
「ならばよかった」
ちょうどよかったので、さっき思い付いた哲学的疑問を鶴田たちにぶつけてみた。
「自分が人間であるという証明の一つとして、自分が人間であるという
さらに言えば、自分が人間ではないのではないかという
しかし、その認識、ないしその逆の疑念が必ずしも人間である
「結局、気の持ちようなのだ。
気の持ちようだけで世の中が主観的に変化する。
これこそが人間なんだよ」
「長谷川、そういうことだ」
なるほど。
この3人は紛れもない哲人だ。
そのあと4人で校門まで一緒に出てそこで3人とは別れた。
「じゃあな」
今日は体育祭当日。
うちの高校の体育祭はクラス対抗になっている。
俺は午前中の種目として学年リレーに出場した。
その前に、担任の吉田先生から『全力出してぶっちぎって』と、言われたもののさすがに全力は出せない。
学年リレーは1組から8組、各組から6名が1周200メートルのトラックを各1周する。
俺はアンカーなので、何位でバトンを渡されるか分からないが、トップになるまでは全力で、その後は抜かされない程度で流すことにした。
「位置について」
1組は赤いバトンに赤い鉢巻。
アンカーの俺は赤いタスキをかけている。
「よーい」
バン!
先頭走者がスタートした。
1組の走者はなかなかいいスタートを切った。
しかし、トラックの4分の3を過ぎたあたりで失速し、8人中7位で第2走者にバトンを繋いだ。
第2走者は力走したものの前の走者を捉えることができずに、7位のまま。
第3、第4走者も順位を上げることができず、6位走者との差は縮まったものの1位走者との差は開いてしまっていた。
そして、俺の前の第5走者がバトンを受け取り走り出した。
8位の走者がバトンの受け渡しを終えたところで、俺も含めたアンカー8人が立ち上がり、内側から順位順にスタートラインに立った。
1位の走者が走り込んでバトンを渡し、2位、3位の走者もすぐに走り出した。
1組の第5走者が6位を捉えた。
4位、5位の走者が走り出し、やや遅れて俺がバトンを受け取った。
目標は1位。
距離にして60メートル。
誰も時間など計ってはいないはず。
俺は、本気で走ってやった。
最初のカーブの出口までで4位、5位をかわし、4位に。
その辺りに1年1組の場所があったのでやんやの声援を受けた。
そして直線コース。
次のカーブに入る手前で3位を捉え、すぐに2位を捉えた。
カーブの出口手前で1位の走者を捉えて、ゴールまで流しゴールイン。
当然の結果だ。
1位でゴールした俺を1組の5人が迎えてくれた。
なぜか1年1組の場所を除いてグランドが静かだ。
やり過ぎたかもしれない。
競技の終わった俺たちリレー選手は体育委員の先導でトラックの中から退場した。
そして俺は1年1組の連中が座っている場所に帰ってからヒーローだった。
午前中の競技が終わり、昼休みの時間になった。
食堂は休みということだったので、各人弁当とかコンビニとかで買った昼食を持参している。
俺は母さんに作ってもらった弁当だ。
教室に戻っていつもよりちょっと豪華な弁当を食べていたら、もう弁当を食べ終わっていたらしい鶴田たちがやってきた。
「長谷川。
さっきのあの走り、100メートル6秒切ってたぞ」
「そ、そうか?」
「数を1、2、3って数えただけだから、ぜんぜん正確じゃないが、あれが冒険者のチカラってやつなんだな」
「そう思ってくれていい」
「あそこまで歴然とした能力差を見せつけられると、冒険者が圧倒的過ぎてスポーツ競技が成り立たなくなるってことがよく理解できた」
「来年の体育祭、長谷川は出場禁止で体育祭委員にされるんじゃないか?」
「可能性というより、ほぼ確実だろうな」
最低でも毎週日曜には必ずダンジョンで走り回っているので運動不足になるとは思えないからいいけど。
午後一番の競技は1年生の騎馬戦だった。
トーナメント方式で全7戦を行い1位を決める。
1位、2位、3位×2組、4位×4組となる。
俺はなぜか鶴田たち3人と組んでいて、俺が前、左右が坂田と浜田。上が鶴田だ。
1回戦の対戦相手は2組。
決勝だけが5分で、そのほかの試合は3分。引き分けの場合は3分間の再試合。それでも決着がつかなければ代表者によるジャンケン。
各組10騎ないし9騎。9騎のクラスは残数に1プラスされる。
俺たち1組の騎馬が組み上がった。
向かいに並ぶ2組もちゃんと10騎そろっていた。
そこでピストルの音が鳴り騎馬戦スタート。
俺たちに向かって2組の騎馬が近づいてきた。
「進めー!」
騎乗の鶴田が大声を出して、指示を出す。
俺たちは2組の騎馬に向かって駆けだした。
「いけー! いけー!」
鶴田が人が変わったような大声を出す。
そこで事故が起こってしまった。
鶴田が大きく体を前に乗り出し過ぎて騎馬から転げ落ちてしまった。
何とか地面に着く前に体勢を立て直してやりたかったが両手が塞がっていて何もできなかった。
俺たち4人は何もできぬまま、開始線の位置に戻った。
「済まぬ」
「しかたない」
「気にするな」
「大したことじゃない」
3分が経過してピストルが鳴り騎馬戦終了。
結果は1組で残った騎馬は2、対する2組の騎馬は3。
1組は1回戦敗退となった。
「済まぬ」
「しかたない」
「気にするな」
「大したことじゃない」
こういうこともある。
ドンマイ。
[あとがき]
騎馬戦、実話なんですけどね。
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