第169話 領主の屋敷にて
☆★☆★☆★
「あら。帰ったのね。どうだったのかしら?」
「あれはダメだよ。ちょっと俺とは格が違うんじゃないかな」
レイモンド一行の監視を終えたエスピノーザは、ディエルの街で流行っているお菓子を片手に領主の屋敷に帰ってきた。
身支度を整えてクロエが待っている私室に向かうと、既に今日の仕事を終えたのか、リラックスした姿で出迎えてくれた。
そしてお菓子を見たクロエは、帰ってきた旦那に何があったのかを察する。何かをやらかしたからご機嫌取りなんだろうなと。
「何があったのかしら?」
「とりあえず『狂姫』に監視がバレた」
エスピノーザはすすっとお菓子を差し出して単刀直入に言う。こういうのは誤魔化さずに、スパッと言ってしまうのが良いと長い夫婦生活で学んだのだ。
「見つからないようにと言いましたわよね?」
「遠眼鏡越しにばっちり目が合っちゃったんだ。あれは予想外だよ」
細心の注意を払って、近くからではなく遠くから監視するに留めておいたのだ。それなのに、商業ギルドから出た途端にバレた。
もうこれはどうしようもないのだと、エスピノーザは諦める。
「それで向こうからは何かありましたの?」
「何も。見るなら見ろって感じで、普通に街中を歩いて買い物をしてたね。気のせいなんじゃないかと思ったけど、何度か『狂姫』と目が合ったし間違いない」
クロエは紅茶を飲みながらエスピノーザが買ってきたお菓子を食べる。その顔は甘味に蕩けてる顔ではなく、領主として何かを考えている顔だ。
「どうしたものかしらね。このまま監視を続けても良いのかどうか…。向こうが気分を害して暴れたりしたら目も当てられないわ」
「でもどこにいるのかぐらいは把握しておかないと、万が一何かあった時に対応出来ないよね」
「そうなのよ。うちの騎士団だけで止めれるのかしら?」
「どうだろう。『狂姫』だけなら騎士団の精鋭で抑えは出来るかもしれないけど…」
エスピノーザの言葉にクロエはため息を吐く。クロエはあまり武の事は分からないが、偶にとんでもない英傑がいることは知っているのだ。
エスピノーザも騎士として優秀だが、まだ常識の範疇なのである。以前に一度だけ見た事がある、S級冒険者は素人目から見ても次元が違っていた。『狂姫』も噂でしか知らないが、その部類に入るのだろうと思っている。
「手懐けてる商人に期待するしかないわねぇ」
「そういえば『ルルイエ商会』だっけ? 調べて何か分かった?」
「ええ。それならフレリア王国の方から来た商人に話を聞いたわ」
クロエはポンと手を叩いて、机の上にその商人が持っていた『ルルイエ商会』の商品を置く。
「これは?」
「リバーシって言うみたいよ。主に平民の間で流行ってるみたいね。この娯楽の発売元が『ルルイエ商会』みたい。後は魔道具を売ってたり、質の良いポーションを売ってたりと、結構幅広くやってるみたいね」
その後も商人に聞いた話をエスピノーザに聞かせる。聞いた事がない商会だったが、中々やり手らしいと感嘆の声を上げる。
「まだ若く見えたけど凄いね」
「そうね。それにこれは少し前に届いた情報なのだけれど、貴族街のすぐ近くに店舗を買ったらしいわ。うちに支店を出すのかもしれないわね」
「えー…」
それはこの街に『狂姫』が長期間滞在する事になるのではと、エスピノーザは嫌そうな顔をする。
「下手したら騒動になるわよ。この街の商人は新参者には優しくないもの。出る杭は寄ってたかって叩きまくるのが、ディエルの商人のやり方よ。それで潰れてくれるのなら良いのだけど。跳ね除けて成功するようなら、裏の人間を使って暴力に訴えるでしょうね」
「うわぁ…」
エスピノーザは想像出来てしまった。
並の護衛ならそこでやられてしまうかもしれないが、側にいるのはあの『狂姫』なのだ。間違いなく騒動になる。
「『狂姫』を手懐けてる商人なんだから、さぞかし優秀なんでしょう。うちに支店を出しても成功する確率は高いわ」
「じゃあ間違いなく暴力沙汰になるじゃないか…」
「そうね。そこで商人…レイモンドが『狂姫』を抑えてくれると良いのだけれど。やり返さなきゃ舐められるのはどこの世界も一緒だし、反攻に出るでしょうね。スラム近辺の動きに注目しておかないと」
クロエはこれから起こるであろう騒動を想像してため息を吐く。いっその事先にスラムの掃除をしておこうかと考えたが、裏には裏の秩序がある。
スラムが、闇組織がなくなると逆に統制が取れなくなってしまうのだ。だから、クロエはある程度は放置している。
「商人のレイモンドに接触したいわねぇ。直接会ってみて人となりを確かめてみたいし…。でも『狂姫』もセットで来るとなると考えものよね。どうしたものかしら」
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