七巻(九三四年六月~九三八年一月)
第一章
すべては流れのままに
チノー・アエルツが謀略を練っていた間、七州[デウアルト国]側は寝ていたわけではなかった。
鉄仮面は、留学経験のある学者[ズニエラ・ルモサ]を使って、グラマンイシとひそかに接触を図っていた。
学者はウストレリの港湾都市ハエンヒロールにて、旧友であったグラマンイシの法務監(※1) カレムン・キオテと面会し、友好条約の締結に向けて、協議を行い、大筋で同意を得た(※2)。
グラマンイシと[スーネシ゠スルヴェシ]兄弟国の戦いが、前者の勝利に終わり、グラマンイシとウストレリとの間の和約が破棄されるのを見越したうえでの、鉄仮面の策略であった。
七州とグラマンイシがばらばらの時機ではなく、同時期にウストレリを攻撃することで、
グラマンイシの執政官ウレクサンドラ・フルメセが一度、学者に会いたいということだったので、鉄仮面は許可を出して、彼をグラマンイシへ派遣した。
グラマンイシの首都ナジョン゠スユリ゠ムルナに到着した学者は、さっそく宮殿に向かった。
学者が勝手知ったる宮殿内の回廊を歩いていると、庭園の林檎の樹を手入れ中の農夫の後ろ姿が目に入った。
すると、学者はその者の傍に近づき、膝を折って頭を下げた。その農夫こそが、ウレクサンドラその人であった。
「林檎を食うか。初物だ。おまえにやろう」
そのように言いながら、ウレクサンドラは林檎を四つもぎ取ると、ひとつを学者に向かって放り投げた。「いただきましょう」と言いながら、学者は林檎を受け取った。
宮殿の饗応の間にふたりが連れ添って入ると、中に財務監(※3)のムルカ・ヘーシウとキオテが待ち構えていた。
条約の内容の再確認が、キオテの口からなされた。それが終わると、林檎をかじりながら聞いていたウレクサンドラが学者にたずねた。
「あくまでも和親にとどまり、それ以上の条約を結ぶつもりはないのだな?」
「はい。こちらは[ファルエール・]ヴェルヴェルヴァを退治し、西イルコアを奪回したあとは、可能ならば、ウストレリと和約を結びたいと考えております」
「そう、うまく行くかね」
「それは、貴国のご協力次第かと……」
そのように答えた学者に対して、今度はヘーシウが口を開いた。
「期日を一にして、ウストレリを東西から攻める。とりあえずは、来年の進攻でそれを行う……。それだけでも悪い話ではない」
「はい」と学者がうなづくと、ウレクサンドラが口を挟んだ。
「しかし、ヴェルヴェルヴァがどちらに来るかはわからんだろうよ?」
「そちら側で対処していただければ、こちらとしては助かるのですが……」
学者の言を、ウレクサンドラは鼻で笑い、「こちらもヴェルヴェルヴァには大分借りがあるが、できれば、そちらで片づけてもらいたいところだな。……まあ、よかろう。ダウロン三兄弟を退治してくれた恩義があるから、なるべく、そちらの要求通りに約定を結んでやりたい」と口にしてから、ヘーシウを見た。
「ところで、大丈夫だろうな。兄弟国の方は?」
そのような主の問いかけに、歴戦のいくさびとは首を縦に振り、「本年中には、片をつかせる」と答えたところ、「貧しい兄弟国を攻めたところで、金にならん。早く、兵を東へ向けねば、維持費のむだだ」とウレクサンドラが真顔で口にした。
会見が終わると、ウレクサンドラが学者に「
このような経緯で、新暦九三五年初秋[十月]、和親条約は結ばれた(※4)。
ヘーシウが豪語した通り、年内に兄弟国を片付けたので、これをもって、七州とグラマンイシは、次年初夏[七月]に、ウストレリへ対して同時に大攻勢をかけることを約した。
グラマンイシとウストレリとの間の和約は破棄された。
※1 法務監
法務監は、グラマンイシにおいて、内務と外交の総責任者という位置づけの官職。
※2 大筋で同意を得
ザユリアイは
※3 財務監
財務監は、グラマンイシにおいて、財務と軍事の総責任者という位置づけの官職。
※4 和親条約は結ばれた
史家の間では、ナジョン゠スユリ゠ムルナ和親条約と呼ばれている。
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