忘れられていた男(八)

 小ウアスサが見事な活躍をしている最中、他の面々がなにをしていたのかというと、まず、いちばん物見台から離れていた鉄仮面は当初、見物人同士のけんかが始まったのかと思った。

 しかし、しばらくして変事が起きたことを悟ると、まず、信頼する古参兵たちに自らの身を守らせ、人をテモ・コレにやって、何が起きたのかを探らせた。

 それから、ノルセン・ホランクを探したがいないので、鉄仮面の側で彼女を守っていたアステレ・アジョウにたずねると、「えっぺいが終わったら、どこかに消えた。女を捕まえにいったと思う。たぶん」と不機嫌そうに応じた。

 その答えに、鉄仮面は「あのばかは」と言いながら、父から譲り受けた、大事なむちをつい折ってしまった。

 「父上の形見の一品だったのに、これもそれも、あのばかがわるい。帰ってきたら、折檻だな」と鉄仮面が口にすると、アジョウが黙ってうなづいた。

「それよりも、なにか起きたらしい。わるいが、アステレ、じいさん[オヴァルテン・マウロ]の身が心配だ。じいさんの警固に回ってくれ」

 そのように鉄仮面が言うと、アジョウが「ご老人[ハエルヌン・ブランクーレ]は?」と、首をかしげながら鉄仮面を見上げたので、「老人には専属のお守りがいるからいいだろう。だが、まあ、そちらも頼む」と指示を出しつつ、鉄仮面はアジョウの頭を手で数度なでた。

 それから、鉄仮面は、「隙があれば、[カラウディウ・]エギラをいじめてこい」と小声で冗談をささやいた。すると、アジョウが薄い笑みを浮かべた。


 鉄仮面が冗談を口にしていたとき、テモ・コレとオドゥアルデ[・バアニ]どの、それにオドリアーナ[・ホアビアーヌ]の兵は、まどう観衆のために動けずにいた。

 東部州の兵を率いていたズヤイリ[・ゴレアーナ]どのは、兵の中に、レヌ・スロに通じていた者がいたため、場は大混乱となり、自らも暗殺のに会いそうになった。


 騒乱自体は、刺された後も立ったまま、味方の兵を見下ろしていた老人に鼓舞された兵たちが奮戦し(※1)、瞬く間に鎮圧された。

 観衆はどこかへ消え去り、エルバセータの大通りはかんさんとしたものになった。



※1 味方の兵を見下ろしていた老人に鼓舞された兵たちが奮戦し

 騒乱の鎮圧に参加した兵の残した回顧録によると、「先の近北公に見られていると思うと、勇気と共に、得も言われぬ恐怖のような感情ががった」とのこと。

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