第五章

交わる言葉、交わらない言葉(一)

 ウストレリの皇族につらなる[スウラ・]クルバハラの首をもって、前の大公どの[オウジェーニエ・スラザーラ]のそれの代償とする。これをもって、[ファルエール・]ヴェルヴェルヴァ退治は止めにして、ウストレリとぼくを結ぶ。

 それが妥当であろうと考えた鉄仮面は、すぐに行動へ移した。

 書状をやりとりして、ラカルジ・ラジーネ、東部州の平民公[オンジェラ・ゴレアーナ]、近西公[ケイカ・ノテ]の同意を得た後に、塩漬けしたクルバハラの首を前の大公どのの墓前にそなえるという口実で、鉄仮面は上京した。


 まず、旅装を解くこともなく、ラジーネに会うと、鉄仮面は、もはやイルコアの統治にもヴェルヴェルヴァ退治にも興味がないむねそっちょくに伝えた。

「私は疲れた。東南州を[オレッサンドラ・グブリエラ]に譲り渡して、私は悠々自適な隠居生活に入りたい」

 そのように鉄仮面がため息まじりに口にすると、「その若さで隠居ですか。イルコアはどうするのですか?」とラジーネがたずねてきた。

 「女ども[サレ派]になるべく高く売り飛ばしでもするさ」となげやりな態度で鉄仮面が言ったところ、「やれやれ。困りましたな」と抑揚なく、ラジーネが応じた。

「あなたの背中を押したのは失敗でした。しかし、ここであなたさまの話に乗らないと、それこそ、私の政治生命が終わってしまう」

「都はえんせんぶんが広がっているのだろう。クルバハラを退治したことで、いくさを終わりにしたいと思っているみやこびとは多いはずだ。そこで、おまえが和平の先頭に立てば、逆に執政官への近道となるのではないか?」

 鉄仮面の言に、ラジーネは微笑を浮かべ、「けしかけますな。……しかし、理屈にかなっていないわけではない。それで行きましょう」

「今回の一件は、おまえから私への貸しということにしておいてやる。おまえが死ぬまでには、執政官にしてやるよ」

 「それは頼もしいお言葉」と、ラジーネが無表情で答えたところで密談は終わった。


 翌日の早朝、鉄仮面はとりかご[てんきゅう]に入った。

 怖がりの国主[ダイアネ五十六世]に代わり、前の摂政[ジヴァ・デウアルト]がクルバハラの首を改めた。

「皇族につながると言っても、どれほどのものなのだ。一から十まで、いろいろあるぞ、オルコルカン公」

 なかなか痛いところを突かれた鉄仮面であったが、「まあ、それはさして問題ではないかと」とごまかした。

 摂政は高笑いをひとつすると、「まあ、お手並み拝見といくか」と意味ありげなことを口にした。

 その後、国主に拝謁したが、恐慌状態のつづいていた彼女は、まったく鉄仮面を離してくれず、鉄仮面が屋敷に戻った頃には日が暮れていた。

 昼から、鉄仮面は、都入りした目的である、公女[ハランシスク・スラザーラ]との会見にのぞむ予定であったが、次の日に延期せざるを得なかった。

 ほかにも、都でやらなければならないことが山ほどあったので、鉄仮面は寝ずに過ごした。いやはや、困ったものであった。

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