古代遺跡の戦い(四)

 自分が司令官気取りだった[スウラ・]クルバハラは、「鉄仮面だったか。その女を殺せば片がつくのだろう。いくさ場は男のものだ。このわたくしがその首をねてきてやる」と息巻いたそうで、本来、[ファルエール・]ヴェルヴェルヴァに任せられるはずだったらしい、ウストレリ軍中央の先陣を、だだをこねて自分の物にした。刀剣の得意な奴にまともな人間はいなかった。

 紫色に兵装を統一していたクルバハラの軍は、七州[デウアルト国]の兵などいないかのように、無警戒でいくさ場を駆け、鉄仮面の本隊を目指した。


 クルバハラの動きから、敵側の状況について確証を得たじいさん[オヴァルテン・マウロ]の命令を受けた、七州の中央軍は、抵抗らしい抵抗を見せずに、前進するクルバハラの軍が前へ進むに任せた。

 そこからがじいさんの真骨頂で、絶妙な差配で、敵が迫って来ては引き、迫って来ては引きを繰り返し、彼が言うには「チノー[・アエルツ]の声がクルバハラに聞こえなくなる」まで後退をつづけた。

 むろん、クルバハラのまわりにもまともな者はいたはずだから、彼に忠告はしただろうが、時おり、前方に見える仮面をつけた女の姿を見ると、クルバハラは功名心と自尊心が爆発して、後方からやって来たチノーの伝令も無視して突き進んだそうだ。

 おそらく、クルバハラが、気がついた時には、味方の兵もまばらな中、古代の遺跡に囲まれている自分を見つけたことだろう。

 それから、目と鼻の先にいる、同じく少数のせきようたいに守られている仮面の女に対して、『鉄仮面とやら、ここがおまえの死に場所だ』と叫んだ。

 それに対して、仮面の女は何も答えず、まわりにいる兵たちが笑い出したので、クルバハラは状況がつかめずに困惑したが、勇気を出して女へ近づき、斬りかかった。それを女は軽やかな動きで避けると、小刀を投げた。それから、「これ、じゃま」と仮面を投げ捨てた。そう、クルバハラが鉄仮面と思って追っていたのは、[アステレ・]アジョウであった。

 『偽物か?』とようやく事態をつかめたクルバハラに、「何を言っているのかわかんないよ」と声をかけたのは、後方から近づいて来たノルセン・ホランクであった。

 クルバハラとその一行は、赤陽隊に囲まれる形となった。その中で、クルバハラが、『ノルセン・ホランクはいるのか。出て来い』と叫ぶと、アジョウが黙って、ノルセンを指さした。

 すると、クルバハラは『大陸一の剣士を決めるための決闘だ。いざ、尋常に勝負』と、ノルセンに向かって剣を構えた。

 それに対してノルセンは、頭をかきながら、首をひとつ横に振ると、刀の柄に手をかけた。

『我が天与の才を見よ』

 そのように口にしながら、ノルセンに斬りかかったクルバハラだったが、その背中に、アジョウの小刀が続けざまに当たると、苦痛に顔をゆがめつつ、『卑怯な』と口にしながら、後ろを振り返った。

 その次の瞬間、クルバハラの背中に、ノルセンの刀が突き刺さった。

 ノルセンは刀を持つ手首を返して、傷口に空気を入れながら、「悪いね。ここは子供の遊び場じゃないんだよ」と言った。

 赤陽隊のひとりが、「おいおい。殺すとばあさん[ザユリアイ]がうるさいんじゃないのか」と心配したが、「そんなに甘い男ではなかったよ」と、ノルセンは言葉を返した。


 その場にいた、クルバハラ以外のウストレリ兵を赤陽隊の面々が片付けると、知らせを受けた鉄仮面が、古代遺跡の地下通路から、姿を現した。

 鉄仮面が「よくやった」とノルセンに声をかけると、彼はうれしそうに「剣の腕も顔もなかなかでしたが、僕ほどではありませんでしたよ」と余計なことを口にした。


 クルバハラの死体をながめながら、鉄仮面は奸計をひとつ思いつき、実施した。

 敵の先鋒に使者を出し、「クルバハラどのはまだ生きておられる。取りに来られるがいい」と言わせた。

 鉄仮面の罠と知りながら、クルバハラの身分上、敵側は取り戻しに来なければならなかった。

 無用な決死隊が編成されたが、首のないクルバハラの死体に近づいたところで、鉄仮面が配置しておいた兵の火縄[銃]のじきとなった。

 多くの敵兵を殺したことで、鉄仮面は日ごろの憂さを晴らせたので、兵の鉛玉が尽きたところで、全軍に撤退を命じた。


 七州の右翼はよく守ったが、すでにヴェルヴェルヴァに抜かれてしまっていた。彼は勢いそのままに、テモ・コレ率いる鉄仮面の古参兵と死闘を繰り広げていたところで、クルバハラの死による撤退の狼煙のろしを受け、いくさ場から姿を消した。いつものことながら、テモの奮戦は勇者と呼ぶに値した。鉄仮面も鼻が高かった。

 オドゥアルデ[・バアニ]どのが率いていた左翼も、ノルセン・ダウロンの猛攻を受けていたが、どうにか軍容を維持したまま、いくさを終えた。

 実情は引き分けだったが、クルバハラの首を取ったので、鉄仮面は大勝利として、世間に向けてけんでんした。

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