夕虚

小狸

短編

 死にたい。


 仕事の帰り道、こんがり焼けた夕空を見ながら、そう思う。


 だいだい色の風景は、何だか満たされているようで、満ち満ちているようで、どこかうらやましい。


 ――死にたい。


 ――そう思うようになったのは、いつの頃だっただろうか。


 少なくとも中学に入学する頃には、私と希死念慮は切っても切れない運命共同体になっていた。


 毎日死にたいと思いながら、学校に通っていた。


 中学校には、行きたくなかった。


 令和の今ですら、不登校に対する偏見があるのだ、私が子どもの頃は、それはまたひどいものであった。


 実体のない噂話。


 被害者と加害者。


 別段私は、いじめられていた訳ではなかった。


 ただ、人の輪に上手く入ることができなかった。


 それは男子や女子などというくくりとは関係ない。


 輪とは、一種の共同体コミュニティである。


 私は、そこに入るということは、己を殺し、自らを律し、世界の機能の一つとして歯車になることを意味していると考えていた。


 否、今でも、それは同じだ。


 社会という大きなシステムを動かすために、私は代替の利く歯車として毎日齷齪あくせく莫迦ばかみたいに働いている。


 職場は、ブラックという訳ではない。


 それこそ令和れいわの今、「働き方改革」が成されるようになって、いの一番にメスの入った公務員――市役所勤務である。


 それでも、自分は唯一ではない、と思う。


 唯一無二の存在など無い、と思う。


 ある、仲の良い同期がいた。


 彼女は私とは別の部署に配属され、一年ほどで体調を崩し、仕事を辞めた。


 適応障害と診断された、と、後で本人から聞いた。


 私にとって、それはとても大きな出来事であった。


 しかしどうだろう。


 彼女が抜けた穴は、どこかの誰かによっていつの間にか補填ほてんされ、当たり前のように世は動いているではないか。


 まるで何ごともなかったかのように。


 いや――いやいや。


 分かっている。


 それが世にいう「現実」であり、学生時代大人達が口酸っぱく言ってきた「社会」というものだということくらい、私にも分かる。


 誰か一人が欠けたくらいで壊れるような仕組みにはなっていない。


 それは、良いことなのだ。


 しかし、が、まるで無かったことのようになっているこの世の中を。


 社会を。


 世界を。


 私は上手く、肯定することができない。


 無論。


 それを肯定できようができまいが、私の人生には関係がない。


 何を思おうと、私は明日も、生活のために職場に赴き、仕事に従事するだろう。何食わぬ顔で、おのが職務を全うすることができると断言できる。


 私はそういう人間である。


 それでも。


 私はなぜか。


 この、極彩色に満たされた夕空を見ると。


 どうしても、思ってしまうのである。


 ――死にたい。




 《Gloomy Sunset》 is the END.

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夕虚 小狸 @segen_gen

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