第24話
「……今の俺に救われたというのなら、それはお前が傍にいてくれたからだ。そうじゃなければ、俺の方がとっくに潰れていたさ」
弥彦を喪ってからというもの、頻繁に幼い頃の朧と弥彦の思い出が蘇るようになった。
朧と弥彦は血の繋がりこそ無いものの、偶然にも二人揃って子供には扱いきれない強烈な鬼の力を持って生まれた。子供の時は力を制御出来ず、暴走させてばかりいた。その度に誰もいない場所に逃げ込んで、荒れ狂う力が収まるのを待ち、そして自分の意思で力を操れるように力の使い方を練習した。
幾つもの歳を重ねて、やがて朧たち親子を一族から追放したのが父親だと分かった時、衝動のまま家出をしたこともあった。そんな朧を探しに来てくれたのも弥彦だった。
そのまま二人で力の使い方を練習した思い出の場所に泊まって、翌朝母親に揃って叱られた。今日弥生が逃げ込んだ、あの廃屋となった拝殿で――。
全て弥彦が居たから乗り越えられた。弥彦のいない日々を想像したことが無かった。
弥彦がいないというだけで、身を切られるような思いをすることも、世界の全てが色褪せてしまうということさえも。
弥彦を失った日、朧の世界が弥彦を中心に回っていたことを思い知らされた。朧の世界に色が戻って来ることは、もう二度と無いだろうと諦めていた。
今日、弥生と出会うまでは――。
盆をどかして弥生の頭を膝の上に乗せると、身体を冷やさないように自分の羽織を掛ける。横顔もだが寝顔もどことなく弥彦に似ているような気がした。弥彦の魂がそうさせるのだろうか。そっと弥生の頭に触れると、絹のような手触りの黒髪が掌から零れ落ちる。
(剛毛だった弥彦とは大違いだな)
誰もいないと分かっていても、念のために周囲を確認してから弥生の髪を一房掬う。軽く口付けると、すぐに離したのだった。
(これくらい触れるのは許されるだろう。どうせすぐに離れる関係だ)
明日の朝にでも伝手を使って、弥生の中に眠る力を取り出してくれる鬼を探さなければならない。弥彦と朧の強い力に拮抗できる鬼が見つかればいいが……。
「んっ……」
そんなことを考えながら寝顔を見つめていると、弥生の艶やかな唇から小さな呻き声が聞こえてきたので、朧は慌てて目を逸らす。
いつまでもここで寝ていたら風邪を引いてしまう。朧は弥生の身体に手を回すと、そっと身体を持ち上げる。
背中の傷は痛むが、拝殿まで運んだ時のように部屋までの短い距離なら我慢出来そうだった。痛みに絶えつつ腕の中の弥生に気を配りながら、一歩ずつ歩を進める。
(あんなに疎ましく思えていた鬼の力が、惜しく思える日が来るなんてな)
無関係な母まで巻き込んで朧を不幸のどん底に落とした鬼の力が、この瞬間に失われていることを歯痒く思う。鬼の力さえあれば傷は完治して、弥生を部屋まで運ぶのもあっという間だった。傷の痛みや弥生を気にかける必要も無い。
そもそも生きている鬼から鬼の力を取り出せること自体、そう簡単に出来無い。死人や病人などの身体が弱っている者から取り上げるのは簡単だが、生きている鬼から力を奪取しようとしても力に抵抗されて弾き返されるだけだ。
弥彦を失った悲しみに暮れている内に、朧の鬼の力も弱まっていたと考えられる。
手元にあった時は忌まわしくて仕方がなかった鬼の力が、失われたことを悔やむ日が来るとは思いもしなかった。子供の頃は鬼とは無関係な、人間と同等な存在になりたいと願ったこともあったというのに……。
子供を抱くように弥生を抱いて縁側を歩いていると、腕の中で弥生が身じろぎする。そうしてわずかに開いた口から掠れ声で呟きが漏れたのだった。
「おばあちゃん……」
小さく聞こえた寝言に朧は確信する。
やはり人間である弥生と、あやかしである自分が住む世界は違う。
弥生は人間として死して、次の生も人として全うさせるべきだと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます