第46話 羽根Ⅳ

 『ただの』心臓発作――大した理由は無い、という意味で強調したのだろう。それが余計に引っかかる。何も無いのであれば、あんなに悲しそうな表情をするだろうか。

 考えてはみるものの、自力では解決出来ないし、先に行ったクラウを待たせてしまう。モヤモヤする心を引き摺りながら、取り敢えず会議室の前を目指した。

 帰り着いた先に、クラウの姿は無かった。恐らく、自室に戻ったのだろう。

 私も部屋でゆっくりしよう。扉に背を向け、一歩ずつ廊下を歩き進めた。今は何時くらいなのだろう。昼ならば、また食事の時に揉めかねない。どうしてこんな事になってしまったのだろう。溜め息を吐き、曲がり角を右に曲がる。

 許せと言われても、私の気持ちが収まらない。だって、今まさに私までもが殺されようとしているのだから。あの時、アイリスさえ居なければ――丁度フレアのドアの前を通ったので、部屋の中に居るであろうフレアに向かって鋭い眼差しで一瞥をくべた。

 そんな自分が嫌になる。

 部屋に辿り着くと、ベッドに向かってダイブした。軽く身体がバウンドする。仰向けに寝返りを打ち、大袈裟に溜め息を吐いてみる。

 その時、天井からチラチラと緑色の光の粉が降ってきたのだ。思わず起き上がり、周囲を確認する。

 誰も居ない。


“地の魔導師”


 天からあの女神の声が届く。


“これを渡し忘れていた。受け取りなさい”


 なんだろうと小首を傾げると、天井を突き抜けて緑色の羽根が一枚はらはと舞い降りてきたのだ。私の顔の高さまで来ると、額から強い光を感じた。羽根はその光と呼応するように自らも光を放ち、一瞬で消えてしまった。


“その羽根の使い方は知っているだろう。影を倒したい。その気持ちを忘れるな”


「勝手な事を言わないでよ! 影を倒したら私は殺されるの! 生に抗うなんて⋯⋯!」


 死を受け入れるなんて、私には出来ない。女神が私の叫びを聞いていたかどうかは分からない。それ以降、女神が何か声を発する事は無かったのだから。

 皆、自分の思いばかりで、私の話を真面に聞こうともしてくれない。

 もう、何も期待しない方が良いのだろうか。そちらの方が気は楽だ。深い溜め息を吐き、そっと瞼を閉じた。

 そう言えば、クラウが羽根を取りに行く時は一緒に行こうと言ってくれていたのだった。先程の事を報告しない訳にはいかないだろう。一気に心臓が鼓動を早めていく。

 女神の行動が余計なお世話だったのか、手間が省けたのか。大して考えるでもなく、靴を履いて深呼吸をする。ドアノブを回し、廊下へと一歩踏み出した。行くべき方向へ顔を向けてみると、そこに居たのは――


「⋯⋯ミユ!」


「クラウ、あのね? 私、話が⋯⋯」


 丁度、良い所に。そう思ったのに、クラウは何故か慌てふためいた様子で自室へと飛び込んだ。勢い良く閉じたドアの音が耳に残る。


「えっ? あっ、あの⋯⋯」


 訳が分からず、その場に立ち尽くしてしまった。

 もしかして、今、私は避けられたのだろうか。でも、一体何故――

 考えてみると、避けられる要因は意外に多かった。私は前世の恋人で、今は仲間で。クラウが受け入れて欲しい相手を私は憎んでいる。喧嘩だってした。失礼な事だってした。だから、私の事を嫌い、なのだろうか。

 私が何かをしたのなら、謝らなくては。重い足を引き摺り、何とかクラウの部屋の前までやってきた。震える手で拳を作り、三度ノックをする。

 返事は無い。それどころか、物音が全くしない。


「どうしよう⋯⋯。嫌われた?」


 胸がずきりと痛む。

 その時、右側から誰かの気配を感じたのだ。その人は小さく息を吐く。

 振り向いてみると、眉間に皺を寄せたアレクが立っていた。頭を掻き、私を見下ろす。それも束の間、視線はドアを追っていた。


「おい、クラウ。ミユに勘違いされても知らねーぞ?」


 凛とした声が廊下を突き抜ける。


「おい、出てこいよ」


 脅しに近い唸り声が響いても、反応は無い。余程、私の顔を見たくないのだろうか。

 本格的に嫌われたかもしれない。


「アレク、もう良いよ。私が悪かったから⋯⋯」


「なんかアイツに悪い事でもしたのか?」


「う〜ん⋯⋯」


 そう言われると、上手く言葉に出来ない。口をつぐみ、俯いてしまった。


「いや、オマエが悪い訳じゃねぇんだ。今回は一方的にアイツが悪ぃ」


 アレクは何か知っているのだろうか。首を傾げ、黄色の瞳を見詰めてみる。


「いや、アイツの口から聞いた方が良い」


 そう言われても、クラウにそのつもりは無いのだろう。未だにドアは開かないし、何も聞こえないのだから。


「いつでも部屋に行って良いって言ってくれたのに⋯⋯」


 後悔しても、もう遅い。もっと気を配った対応は出来た筈なのに。自分が悪いのに、涙が出そうになる。


「おい、良い加減――」


 アレクが言い掛けて、ドアの開く音が聞こえた。驚いてそちらを見てみると、青色の瞳が片方だけ覗いていた。


「アレクの役立たず」


「はぁ!?」


 左腕を掴まれた感覚と共に、アレクの引きつった顔が、廊下が視界から消えていく。目の前でドアが閉まるのを、呆然と見ている事しか出来なかった。


「オマエの頼みなんか、ぜってぇ聞いてやらねーからな!」


 アレクのくぐもった声が、ドアの向こう側から聞こえる。

 どうやら、クラウに部屋の中へ引き摺り込まれたらしい。

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