第13章 塔の住人
第40話 塔の住人Ⅰ
こっそりと行き、誰にも知られずに戻ってくる為に、私たちは日を改める事にした。勿論、脅威がいつ、何処から襲ってくるかも分からないので、気を抜いたりはしない。カノンの教えもあって、自在に花を出現させられるようにはなった。もし影が現れたなら、蔦でその身体を捕らえてしまえば時間稼ぎにはなるだろう。その練習を兼ねて、椅子に魔法を使ってみる。
“意識を椅子じゃなくて、出したい物に集中させるの”
「どういう風に?」
“蔦が生えてくるイメージを頭の中でハッキリさせて”
ベッドの上から椅子に向かって手を翳し、椅子と床の接地面を見詰める。頭の中では、実際に見た事があるアイビーを連想し、それが床から絡み付くイメージをしてみた。
イメージ通りの光景が目の前で起こる。
「出来た⋯⋯」
“そう、その調子。大地を動かす練習もしたいとこだけど、此処じゃ出来ないし”
「大地を動かす?」
“うん。影と戦った記憶はあるでしょ? あの時、魔法で岩が地面から聳り立ってたと思うんだけど”
「あっ、あんな感じか〜」
この場所で岩を出しては、建物を壊し兼ねない。試すなら、外に出なくては。
しかし、勝手に外に出てしまえば、皆に余計な心配を掛けるだろう。これからの自分がしようとしている行動とは矛盾してしまうけれど、なるべく穏便に済ませたかった。それに、今日は少し疲れてしまった。
「また後日でも良い?」
“うん。実結が練習したくなったらしよう〜”
頷き、身体の力を抜いた。そのままベッドで横になる。
少しだけ、ほんの少しだけ、気持ちが前向きになれた気がする。
体力の回復の為に眠ろうか。瞼を閉じようとした時、ドアが開く気配がした。
「やっぱ食ってねーか⋯⋯」
寝転がったままではアレクに悪い。腕に力を入れて上体を起こそうとしたものの、アレクに制止された。
「疲れてんだろ? 寝てろ」
それだけを言うと、テーブルの上のスープ皿を片手で持ち上げた。
「魔法の練習してたんだな。偉いぞ。でも、あんま無理すんなよ」
アレクは苦笑し、そのまま部屋から出ていってしまった。
今日、作戦を決行しなくて良かった。私が居なくなったと、ダイヤ中が騒ぎになっていただろう。
溜め息を吐き、今度こそ瞼を閉じる。
夢は見なかった。気付いた時にはカーテンが閉められ、部屋の明かりがついていた。ぼんやりとした頭のまま、天井を眺める。過去を思い出した今、夜は怖いものでしかない。また影が現れるのではないか。そう、思ってしまう。
布団を手繰り寄せ、しっかりと抱き締める。夜よ、早く明けて。そうでないと、私の恐怖心が限界を突破してしまう。
運ばれてきたトマトリゾットを流し込み、震えながら夜を明かした。
明くる日、朝食の皿を下げに来たアレクを見送った後、髪に櫛を通し、ブーツを履いた。
「カノン、お願いします」
“うん。任せといて〜”
頼んだくせに、足が震える。兎に角、一旦この場から離れよう。目を瞑り、あの森の中にある地の塔へと思いを馳せた。
数秒もかからず、身体を浮遊感が包み込む。
光が去ると、木々のざわめきが聞こえ始めた。目を開けてみると、葉と葉の間からは太陽の日差しが漏れ、幾つもの光の線を作っている。
それを綺麗だと思える余裕は無かった。
一際大きな木が目の前に聳えている。あそこに行かなくてはと、自分に言い聞かせみる。それなのに、どうしても足が進まない。
時折、優しく吹く風が涼しく感じる。これが火照った頬を冷やすには丁度良かった。すっと熱が引いていく。
このままでは何も始まらない。何度か深呼吸をし、塔を睨み付ける。
足の震えが身体全体に広がってしまった。
「カノン、駄目⋯⋯。動けない⋯⋯」
“え〜っ? しょうがないなぁ”
カノンの溜め息混じりの声が聞こえたかと思うと、勝手に足がゆっくりと動き始めた。私の意思で動いているのでは無い。恐らく、カノンがやっているのだ。気持ち悪い感覚だ。
止めてと言う事も出来た。しかし、そうする事はなかった。自分でも、行かなければいけないという事くらい分かっていたから。成されるがまま、塔にどんどん近付いていく。
スカートを握り締め、入口を潜る。数歩進んだ所で膝から崩れ落ちた。
息が詰まる。心臓は破裂しそうな程に鼓動している。胸に両手を当て、口で呼吸をする。
“実結、大丈夫?”
「大丈夫そうに見える?」
“ううん”
此処で聞かされる内容により、私の命運は決まるのだろう。そう思うと、口から心臓が飛び出しそうだ。
私の心を知ってか知らずか、あの声が頭上から響く。
“良く来た。此方に来なさい”
床に広がる魔方陣は、緑色の光を放ち始める。その光は天井を突き破りそうだ。
「うう⋯⋯」
もう、私には立ち上がる気力は無い。何とか四つん這いになると、一歩一歩、時間を掛けて進み、右手で魔方陣の端に触れた。
光だけではなく、日差しのような温かさも身体をすっぽりと覆った。
辿り着いたのは、又しても無数の黄緑色のラナンキュラスがそよぐ場所だった。へたり込み、周囲を見回す。
やはり、此処には誰も姿を見せないらしい。小さく溜め息を吐いた時だった。
私を覆うように、影が出来たのだ。
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