それから

第44話 お別れの時?

 大沢先生とわかれて学校を後にした、私、ユウくん、三島の三人。

 こうして並んで帰るのなんてまだ数回しかないけれど、なんだかこ早くも慣れつつあった。


「ユウくん、ずっとあの曲の練習してたんだ。全然知らなかった」

「ちゃんと弾けるようになるまで秘密にしておきたかったから、黙ってたんだ」

「文化祭前だったのに、無理言ってごめんね。それと、ありがとう。すっごく嬉しかった」


 さっきも言ったお礼の言葉を、もう一度改めて言う。

 ユウくんの演奏を思い出すと、今もまだ、嬉しくなってドキドキしてくる。


 するとそこで、三島が思い出したように言った。


「そう言えば、昨日大沢先生が先輩の話をしている時、俺に話題を変えろって言ったよな」


 あぁ。そういえば、そんなこともあったっけ。

 今まですっかり忘れてた。


「それで三島が、二人が付き合っていたのかって聞いたんだよね」

「それはどうでもいいんだよ。それより、話題を変えたのって、編曲や練習のことを知られたくなかったからなのか?」


 三島の質問に、ユウくんは頷きながら答える。


「ああ。あの時はまさか、こんな形で演奏できるなんて思ってもみなかったからな。どうせ聞かせられないなら、ガッカリさせたくないし、黙っておいた方がいいって思ったんだ」

「そんな理由かよ」


 三島が呆れたように声をあげるけど、私だって、教えてくれても良かったのにと思う。


「私は、ユウくんが練習してたってわかっただけでも、きっと嬉しかったよ」


 もちろん、実際に演奏してくれた方がいいに決まっている。

 だけど私のためにそんなに頑張ってくれたんだって知ったら、それだけですごく嬉しいのに。


「俺にとって、あれを聞かせられないまま死んだのは、大きな心残りだったんだ。二度と叶わないって思ったら、余計にな。こんなのを未練って言うのかな。だから、中途半端にそれを伝えたくはなかった」


 未練。幽霊であるユウくんがその言葉を口にすると、すごく重く聞こえてくる。


 元々、私が弾いてみてってねだったことなんだけど、ユウくんの中で、その約束はそんなに大きいものになっていたんだ。


「ちゃんと藍に聞かせられて良かった。これで、大きな未練が一つなくなった。こんなことが出来るなら、幽霊になるのも悪く無いな」

「おい。何度も言うけど、幽霊になるのは、本当は良いことじゃないんだからな」


 ユウくんの言葉に、三島がすかさず食ってかかる。


 だけど私も、ユウくんと同じような事を考えていた。

 幽霊になってくれてよかった、なんて言ったら、また三島が怒るかもしれない。

 けれどできることなら、ずっとこのままでいてほしいってさえ思ってしまう。


 三島の言葉を聞いてユウくんは苦笑いするけど、だからと言って特別気を悪くしたようには見えなかった。

 それから、改まったように三島に顔を向けて、言う。


「三島、今日はありがとな。お前のおかげで、藍とちゃんと話ができた」

「何だよ急に。さっき、部室でも一度言っただろ」


 急なお礼に、戸惑う三島。

 だけどユウくんは、構わず続ける。


「さっき、心残りが一つ消えたって言ったけど、それで思ったんだ。やりたいことや言いたいことが、いつでもできるとは限らない。ましてや俺は幽霊で、もしかしたらもうすぐ消えてしまうかもしれない。だから、これ以上何かをやり残すようなことはしたくないんだ」


 ユウくんは一度亡くなっていて、今は幽霊になってはいるけど、それだっていつまでこの世にいられるかなんてわからない。


 この言葉に込められた思いは、私が想像しているよりも、ずっと大きいような気がした。


「消えるかもしれない、か。その方法がわからないから、今もこうしてここにいるんだけどな」

「まあ、そうだな」


 そうなんだよね。

 どうすれば成仏できるかなんて、今もまだ、

 何もわからないまま。

 もうすぐ消えるかもしれないけど、まだ当分このままってこともあるのかも。


 だけど、その時私は気づいた。

 ユウくんの体に、ある変化が起こっていることに。


「ねえ、ユウくん。何だか、体が薄くなってない?」

「えっ?」


 言われて、ユウくんも自分の体を見る。


 ユウくんの体は、元々薄っすらと透き通っていたけれど、よくよく見てみると、前よりも透明に近くなっている。


 ううん。正確に言うと、より透明になったり、元に戻ったりを繰り返していた。


 少し前までは、こんなことなかったはずなのに。


「おい、大丈夫なのかよ?」


 三島も驚いたように声をあげて、それから、何か思いついたようにハッとする。


「なあ。確かさっき、未練が消えたって言ってたよな」

「……ああ」


 それだけで、三島が何を言おうとしているのか、わかったような気がした。


「未練が無くなったってことは、もう幽霊でいる必要がなくなったってことなのか?」


 やっぱり。


 どうしたら幽霊になるのかなんてわからないけど、お話とかだと、この世に残した未練が原因で現れるってことが多い。


 なら、ユウくんにその未練が無くなった今が、成仏する時なのかも。


「……ユウくん、成仏しちゃうの?」


 気が付いた時には、不安が声になって漏れていた。


 もちろん、成仏できるならその方がいいのかもしれない。

 だけどこんなのって、あまりに急すぎる。


「どうだろう。特に、痛いとか苦しいとか、意識が無くなりそうとかは無いけど」


 ユウくんはそう言うけど、その声は強張っていた。

 ユウくんも、急に起きた出来事に、驚きを隠せていなかった。


 そうしている間も、ユウくんの体は、透明になったり元に戻ったりを繰り返している。

 だけど、次第に透明に近い時間の方が長くなっていく。

 それを見て、ますます不安が強くなる。


「──藍」


 不意に、ユウくんに名前を呼ばれる。


「な、なに?」


 オロオロしたまま、それでも何とか返事をする。

 するとユウくんは、こんな時だってのに、なぜかにっこりと笑ってた。


「俺の事情、全部聞いてくれて、それでも嫌いにならずにいてくれて、ありがとう」

「な、なんで今、それを言うの?」


 ユウくんの事情って、さっき話してた、両親の事や人間関係のことだよね。

 それを知らない三島は、何を言っているのかわかってない様子だったけど、私だって、どうして今わざわざそんなことを言うのかわからない。


「今だから言いたいんだよ。もしかしたら、藍と話せるのも、これで最後かもしれない。だから、さっきも言った通り、言いたいことを残したままにはしたくない」

「最後……」


 落ち着いて告げられたその言葉が、痛いくらい胸に刺さる。

 今ユウくんに何が起きているのか、このまま成仏してしまうのか、本当のところは何もわからない。


 だけどユウくんの言う通り、もしかしたら、これが話しができる最後のチャンスなのかもしれない。


 だから私も、必死になって言葉を探した。

 ユウくんがそうしたように、私だって、ユウくんにしっかり言葉を伝えたかった。

 一番伝えたいものを、言い残したままにはしたくなかった。

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