第31話 放課後になって

 最後の授業の終わりを告げるチャイムを、私は複雑な気持ちで聞いていた。

 放課後になったら、部活に行かなきゃならない。

 つまり、ユウくんとも、顔を合わせることになる。


「はぁーっ」


 席を立つ前に、一度ため息をつく。

 ユウくんと会うのがこんなにも憂鬱になるなんて、考えもしなかった。


 今朝起きた時から、ユウくんとはギクシャクしっぱなし。というより、私が一方的に彼を避けていた。


 その理由はもちろん、昨夜の出来事のせい。

 ユウくんが言った、恋愛として誰かを好きになるってのが、よくわからないって言葉。

 それに、私のした告白未遂。

 それらが全然頭から離れずに、今日一日モヤモヤしっぱなしだった。


 私の様子がおかしいのは、他の人から見てもバレバレだったみたい。

 ユウくんは、朝起きてから学校で別れるまでの間、何度も気にしているようなそぶりを見せていたし、真由子や三島だって、どうかしたのかって心配してくれた。


 だけど何があったかなんて言えない。

 特にユウくんには、絶対に言えない。


 いつまでもこんなんじゃダメ。

 軽音部に行くまでに、しっかり気持ちを切り替えなきゃ。


 そう思っても、やろうと思ってすぐにできるもんじゃない。


(今日は、部活に行くの辞めようかな)


 とうとうそんなことまで考えてみる。

 けどそんなことしたら余計心配かけるだろうし、例え部活に出なくても、その後ユウくんは私のうちにくるよね。


 もうどうすればいいのかわかんなくて、頭の中がぐちゃぐちゃになってくる。


 そんな時、急に声をかけられる。


「藤崎……おい藤崎!」

「えっ、何?……三島?」


 声をかけてきたのは、三島。

 三島は既に帰り支度をすませていて、今から教室を出るところみたい。


「何してんだ。部活行かねえのかよ」

「う……うん。今行こうと思ってたとこ」


 まさか、休もうかと思っていたなんて言えない。


「そうか。じゃあ俺、先に行ってるから」

「うん、私もすぐ行くね」


 ああ、行くって言っちゃった。

 まあ、休んでもどうにもならないってのはわかってるから、踏み出すきっかけとしてはちょうどいいのかもしれない。


 よし、行こう!


 覚悟を決めた私は、教科書を鞄に詰めると、教室の外へと出ていった。








 そうしてたどり着いた、軽音部部室。

 けどここまで来たってのに、中に入るのを躊躇する。


 さっき覚悟を決めたばっかりだってのに、またすぐに逆戻りだ。


 ユウくんと会って、どんな顔をすればいいのかな? 自然な感じでいられるかな?


 不安になるけど、ずっとこのまま扉の前でウロウロしているわけにもいかない。

 恐る恐る扉を開けて、中に入る。


「やあ、藍。授業お疲れ様」

「ユ、ユウくん」


 一歩足を踏み入れるのと同時に、ユウくんの声が飛んできた。

 緊張しているのを悟られないよう挨拶を返しながら、先に来ているはずの三島を探す。

 二人きりより三人の方が、気が紛れるはず。


 けどいくら部室を見渡しても、三島の姿はどこにもなかった。


「あれ、三島は?」

「今日はまだ来てないな」

「えっ? 私より早く教室出たのに?」


 もうとっくに来てると思ってたんだけど、いったいどうしたんだろう。


 けど、三島のことばっかり気にしてはいられない。

 何しろ今この部室には、私とユウくんの二人きり。

 向かい合ってると、どうしても昨夜のことを思い出す。


 せめて、何か全く別の話でもしようかな。

 だけど、どんな話題がいいか考える間もなく、ユウくんが話しかけてくる。


「なあ、藍」

「な、なに?」

「今朝から……いや、昨夜から、俺のこと避けてるよな?」

「──っ!」


 突然の言葉に、声を失う。

 私だって、バレてるだろうなとは思ってた、

 けどこんな風に直接聞かれると、なんて答えればいいかわからない。


 黙ってしまった私を見て、ユウくんは少しずつ近づいてくる。


「ねえ、なんで?」


 ユウくんは、決して怒ってるわけでも、強引に聞き出そうとしてるわけでもない。

 むしろ、不安や寂しさでいっぱいになってるように見えた。


 ユウくんにしてみれば、私が何も言わずにいきなり避けられるようになったんだから、無理もない。

 けどそうとわかっていても、なんでかなんて言えないし、こうして正面から向き合うと、どうしていいのかわからなくなる。


 だから、これ以上聞かれるのを避けるように、声を張り上げて言う。


「ちょっ……ちょっと待って! 私、教室に忘れものしたみたいなの。今から取りに行ってくるね!」


 そうして、返事も聞かずに部室から飛び出した。

 早い話が、逃げた。


(どうしよう、どうしよう、どうしよう!)


 私だって、これでいいとは思っちゃいない。

 もちろん忘れ物なんて嘘だし、こんなのどう見ても不自然。

 こんなことしたら、次に会う時余計に気まずくなりそうだ。


 それでも、避けてる理由なんてどう話せばいいかわからないから、今はとにかく逃げるしかなかった。

 だけど、すぐ後ろからユウくんの声がする。


「待って!」


 ちらりと振り返ると、ユウくんが追いかけてくるのが見えた。

 急に逃げ出したんだから、そうするのも当然だ。


 自然と駆け足になって、傍にある階段を降りようとする。

 だけど、後ろにばかり気を回していたのがいけなかった。


 もう一度、ユウくんの様子を見ようと振り返ったその瞬間、階段を踏む足がズルッと滑った。


「わっ!」


 階段を踏み外したんだ。

 そうわかった時には、大きく視界が揺れていた。


「藍!」


 ユウくんが、血相を変えて駆け寄ってくるのが見えた。

 けど幽霊であるユウくんじゃ、私に触ることはできない。

 駆け寄ってきたとしても、倒れる私の体を支えるなんて無理だ。


 それでもユウくんは、階段から転げ落ちそうな私に向かって、必死に手を伸ばしていた。

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