第29話 三島side しっかりしろよ

「ひとつ聞くぞ。藤崎の様子がおかしいのは、先輩が原因っぽいんだな」

「ああ、多分な」


 やっぱりそうだよな。

 それだけわかれば、もうこれ以上詳しい話は聞かなくてもいい。


 最初は、有馬先輩の態度次第では、しつこく問い詰め怒りをぶつけようかとも思っていた。

 けど先輩も、本気で藍のことを心配しているのがわかって、いつの間にかそんな気も失せていた。


「なあ。大沢先生って、今日は教職員会議で遅くなるって言ってたよな?」

「ああ、言ってたけど?」

「俺も、今日は部活に来るのが遅れる。だから放課後になってしばらくは、ここには先輩と藤崎しかいなくなる。その時に、二人で話せ」


 できればこんなこと言いたくなかった。

 お膳立てだけしておいて、後は全部任せるなんて、自分には何もできないって言ってるようなもんだ。


 けどその通りだ。俺が藤崎に何か言っても、解決できるとは思えない。

 だが、有馬先輩は違う。


 先輩が原因だからってのももちろんあるけど、例え藤崎が全く別のことで落ち込んでいたとしても、こいつならきっと力になってくれるって思った。


 そんなの認めたくないし、できることなら俺がこの手で何とかしてやりたい。

 けど、そんな気持ちを押さえながら言う。


「何があったか知らねえけど、あんたが原因だって言うなら、何とかしてくれ」

「三島……」


 俺にとってこの人は、恋敵みたいなもの。

 そんなやつと藤崎とを仲直りさせようなんて、本当なら絶対にしたくない。

 それでも、落ち込んでいる藤崎の姿を見ていると、こうするしかなかった。


 先輩は、俺の言葉に驚いていたようだったけど、それからしっかりと頷いた。


「ああ。ありがとな」


 感謝なんてされても、ちっとも嬉しくない。なのに先輩は、俺を真っ直ぐに見つめながら、きちんと礼を言う。


(まったく、幽霊のくせに、色々人を振り回しすぎなんだよ)


 この人は幽霊で、本来ならとっくに過去の人になっているべき存在だ。

 なのに、未だにその言動で藤崎を一喜一憂させ続けている。

 俺には、それがすごく悔しかった。


 きっと先輩は、俺がこんなこと考えてるなんて知らないだろう。


「悪いな。色々気を使わせて」


 ほらこれだ。

 人がこんなに悔しがっているのに、当の本人はこの調子だ。こんな態度をとられたら、腹は立っても、嫌いだとは思えなくやってしまう。

 だからこそ、心がザワつくんだ。


「そんなのいいから、藤崎のことを頼むぞ」


 精一杯の強がりを言いながら、いっそこいつが、もっと嫌な奴ならよかったのにと思う。

 もっとも、そんな奴ならそもそも藤崎に好かれることは無かっただろうけど。


 そこまで話したところで、入ってきた扉を開いて、部室を後にする。


 バタンと扉を閉めた途端、一気に汗が吹き出て、全身に疲れを感じた。

 今のやりとりの最中、自分でも気づかないうちに緊張していたようだ。

 疲れを吐き出すように、深く長いため息をつく。


(何やってるんだろうな、俺)


 これで、俺にできることは終わり。後は有馬先輩に期待する他無い。

 そう思うと、どんどん気持ちが沈んでいく。


 それでも、こうするしかなかった。落ち込んでいる藤崎を見てると、なりふりなんて構ってられなかった。


「……ったく、しっかりしろよ」


 誰に言い聞かせるでも無く呟いたその言葉。

 それは、藤崎がこうなった原因を作った有馬先輩と、何もできない自分、その両方に向けられていた。

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