#89 ヒモローテーション
久々に不動産見に来たけど、緊張するな。今のアパートは確か母親と見に来たんだっけ? いや、一人で見に来た気もする。二年前かそこらのことなのにうろ覚えな辺り、家族への関心薄いんだなぁ俺。
「ほえぇ、二階建ての一軒家でも案外安いんですねぇ」
一軒家なのに十万切ってる物件いっぱいあるじゃん。これ下手にアパート借りるよりもお得なんじゃね?
「ん? ああ、築年数は古いけどな」
あっ、ホントだ。築五十五年って、俺の両親より老けてるじゃん。
でもそこって重要なんかね? 八LDKの二階建てで七万って、お得すぎん?
「駅からも近いですし、アリじゃないですか?」
まあ、あんまり電車に乗らないから恩恵は少なそうだけどな。
「む? キミは一軒家のほうがいいのかい?」
「そりゃあ誰だって……」
費用以外にデメリットが思い浮かばないんだけど、その費用もコスパって意味ではむしろ良いのでは?
強いて言うなら、物件数が少ないことか?
「ご近所付き合いとか大変だぞ?」
なんだ? なんか知らんが胸にグサッと刺さったぞ? ご近所付き合いを避けた結果、大家にアッサリと見放されたからかな?
「そうなんですか? アパートでは特にそういうのなかったんですけど」
「田舎だからなぁ、うるさいヤツ多いぜ?」
うーん、その辺は飛鳥さんに任せりゃなんとかなるか?
……嫌なシーンが思い浮かんだんだが?
『初めまして! カップルで引っ越してきた天馬飛鳥です! もうすぐ中岡飛鳥になります! あっ、夜に一時間ほどうるさくする日があるかもしれませんが、ご了承ください!』
はは、さすがにないか。ないだろうけど……。
『一緒に住んでる人との関係? はは、まっ、お察しの通りかな』
これぐらいは言いそうだなぁ。近所付き合いとかどうでもいいと思ってる派だが、周りからそういう目で見られるのは辛いものがあるぞ。
そもそもの話なんだが、そのスタンスって今後も貫けるのか? 俺が思うに飛鳥さんって、バリバリ近所付き合いするタイプの人なんだよ。今までは大家に無断で住み着いてる居候だから派手な動きをしてなかっただけで、正式に同棲したらご近所に挨拶回りぐらいするよな?
「おーい? 何をボーっとしてんだ?」
「ん? ああ……飛鳥さんと正式に同棲するんだなって思うと、色々と感慨深いと言いますかなんと言いますか」
な、なんだ? なんだこの感覚は?
誤魔化すために適当に喋っただけなのだが、改めて口にしてみると気恥ずかしさというか、妙な緊張を覚えたというか、よくわからん感情を抱いてしまった。
今までの関係ってアレじゃん? 大学が近いって理由で頻繁に泊まりに来る友達が知らん間に住み着いてた的なアレじゃん? でもこれからは……なんだ? ほぼ恋人同然の関係だよな?
「関係が進むかもな、ハハハ」
もう少しスローペースでいいと思うんだけど、実際問題どうなんだろ。飛鳥さんの母親が言ってたように、キスぐらいは済ませてるもんなのか? 友情は必ず愛情に変わるのか? 俺は、男女間でも友情が成り立つって考え方なんだが、逆張りに過ぎないってのか?
「……」
「お、おいおい。そこで無言になられると恥ずかしいじゃないか」
羞恥心あったんですね、貴女。俺は人前で堂々とこんな会話してる時点で、顔真っ赤だよ。ほら見ろ、担当者さんの顔を。めっちゃ気まずそうだぞ。
よし、さっさと決めちまおう。今日中に確定させる必要はないだろうけど、アタリぐらいはつけないとな。
「とりあえず大学の近くってのは譲れないですね」
通学時間ほど無駄な時間も中々ないだろう。電車通学とかもわけわからんわ。実家暮らしならまだしも、別居してるなら徒歩圏内に住んだほうがいいじゃん。電車賃が浮いた分、良い家に住めるし。
「大学の近く且つ、茜ん家の近くだな。ってこたぁ、今の家の近くで探すか」
「そうなりますね」
ありがたい話なんだが、完全に俺の都合で決めてない? 飛鳥さんの希望も聞かないと、後々こじれるのではないだろうか? という懸念があるのだが、大丈夫か?
「一軒家がいいんだったよな? 何部屋ぐらいほしい?」
「えーっと……俺らの個室が一つずつとリビング……できればもう一つ共用の部屋があったらいいかなって」
いわゆる三LDKだな。一軒家だと逆にないかもしれんな。
「おっ、ここなんかどうだ? 三階建てで五LDKだぜ?」
「さ、三階ぃ?」
そ、それは欲張りすぎでは? っていうか三階建てで五部屋って少なくない?
あっ、一階がガレージになってるのね。リビングが二階ってのはちょっと不便かもしれんけど、まあ住めば都か?
いや、待て待て待て。ちょっと待てって。
「ガレージなんかいらないでしょう? 自転車すら持ってないのに」
「ハハハ、車ぐらい買ってやらぁ」
成金はちげぇなぁ! でも四億当てたといっても、WIN5ってなぜか税金取られるだろ? 前に見せられた口座の残高なんてハッキリとは覚えてないけど、二億ぐらいだっけ? まだ三十歳にもなってないのに、そんな湯水のごとく使っていいのか?
「一階にある一部屋は客間としてちょうどいいし、個室と別に寝室を設けても一つ余るんだぜ? ここがいいって」
……五部屋だよな? 客間、個室二つ、寝室二つ……余らなくね? あっ、二人で同じ寝室ってこと? それもう完全に夫婦……いや、今も同じベッドで寝てるけど。
「築二十八年で家賃十万ちょいだぜ? ここにすべきさ」
決断力が凄すぎる。内見すらしてないのに。
「十万はちょっと……仕送りの額的に厳しいかと」
「ハハハ、私が出すに決まってるだろう。仕送りなんて貯金しとけ」
男前すぎん? 今まで居候だったくせに、今度は俺がヒモになんの? 何よ、そのヒモローテーションは。
「な? な? いいだろ? ここにしようぜ? な?」
「……じゃあ第一候補で」
「話がわかるねぇ! その決断力で早く娶ってほしいもんだな!」
あの、ここ人前なんですけど……。
うわ、めっちゃ嫌そうな顔されてるよ。さっさと契約して、さっさと帰れって顔してるよ。『俺が担当じゃない日に出直してこいよ』って顔してるよ。
その後一時間ほど物件をチェックしたが、最初のところより良い物件が見つからず最初の物件に決定した。内見無しというのは若干不安ではあるが、まあなんとかなるだろう。後は両親から連帯保証人のサインを貰って、今のアパートの退去日を決めれば完了か? 住所変更の届け出とか、引っ越し屋への連絡とか色々細かいことがあるけど、多分詰まるようなところはないはずだ。同居人の飛鳥さんが無職ってのが若干不安だが、多分そこまで審査厳しくないよな?
そんなことよりも、一番不安なのは今後についてだよなあ。家賃出してもらって、共用の車まで買ってもらうんだぜ? これ結婚秒読みでは……?
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